ヴェントルー

The Kindred's Keeper

VENTRUE

 ヴェントルー。十三氏族の長を自任し「貴族」と呼ばれる高貴なる支配者の一族。彼らはヴァンパイア社会を統轄し、ともすれば血みどろの同族争いを繰り返す他の氏族を指導していくことを自らに課しています。しかしそれには、彼らだけが知る世界の命運に関わる使命が根底にありました。

 カマリリャで最も大きな影響力を持ち、真の意味でヴァンパイア・ロードと称することのできる氏族。常にヴァンパイア社会の表舞台で動いてきた彼らの歴史は、そのままヴァンパイア全体の歴史ともつながります。少し長くなりますが、それを見てみましょう。


永遠の使命

The Most Holy Task

 ヴェントルー氏族は、カインの孫たちの長兄にして最もカインに愛された者ヴェントルーを氏族の祖と仰ぎ、カインと「第一の街」の正当な継承者としての役割と義務を自任しています。太古以来、彼らはひたすら権力拡充に邁進し、人間たちの諸王国を裏から操り、同族たちの長たらんと半ば偏執的に突き進んできたように思われています。しかしそれは誤りと言わねばなりません。ヴェントルー氏族の活動にはある秘められた使命が根底にあるのです。

 始祖ヴェントルーは、カインの指示によりエノクまたはラメクという名が伝わっている者によって〈抱擁〉を受けました。類い希なる才覚を有していたヴェントルーは、カインの側近としてはたらくようになりました。彼は常にカインの玉座の側に控えて、泥でできた家並みが、天を突くような荘厳な石造りの大都市へ成長していくのを見守り、偉大なる「第一の街」の建設と行政に従事しました。カインの宮殿は黄金と鮮やかな装飾で彩られ、地上で最も美しい建築となって光り輝いたのです。

 しかし、カインの子らが次々と第3世代を創るにつれ、始祖ヴェントルーはカインが憂愁に沈むようになったことに気付きました。悩みを打ち明けるよう懇願するヴェントルーの前で、カインは未来のヴィジョンを語りました。それはやがて世界をありとあらゆる災害が襲い、破滅へといざなうというものでした。そして、生き残った人間たちはその責をカインの末裔にかぶせ、自分たちの同族は火をもて追われるであろうと。ヴェントルーは茫然としながらも勇気を奮い起こしてカインに訊ねました。その災厄をくい止めるすべはないのかと。カインは一言こう答えました。「わからない」と。

 そしてカインは続けました。この世に存在する超自然存在は自分たちだけではない。数多くの異種族が影の中で暮らしている。そして、その影の彼方には極めて強大な王たちが潜んでいる。我々は決して彼らと共存はできない。なぜなら王たちはおたがいを怖れ、また理解できない存在である我々をも怖れているからだ。特にアンデッドである我々は、人間とは太陽と月のように表裏一体であるがゆえに、彼らと無縁ではいられない。と。

 ヴェントルーはこの夜以来、幾晩も幾晩も座ってただひたすら考え続けました。始祖の予言の意味を。自分が何をすればよいのかを。そして、三週と二夜の後、彼はある決心を胸に自分の宮殿を出ました。来るべき災いをくい止めるため、もしくい止められなくともその損害を最小限にとどめるため、自分は全力を尽くそうと。すべての人間と不死者が彼方の王たちのくびきを振り払うその日まで。

 かくして、ヴェントルーの永遠の戦いは始まりました。究極の敵は世界を影から動かし、そこに住むすべてを奴隷のように操る「秘密の諸王」(Secret Masters)。そのために彼は数多くの魔法の品々を集め、要塞を建設しました。しかしそれは他の同族たちの疑いを招いたのです。彼らは嫉妬し、かんぐりました。ヴェントルーが力ある品を集め、城を造るのには何か魂胆があるのではないかと。同胞たちを味方に引き入れたいヴェントルーは彼らと会って釈明しましたが、他の兄妹たちは不信を残したまま立ち去りました。そして、その不信をぬぐえぬまま、「大洪水」がすべてを押し流したのです。

 カインが失意の内に子孫たちのもとを去った時、最後まで説得を試み、偉大なる「最初の不死者」の別れを見送ったのもヴェントルーでした。必死で帰還を願う孫の前で、カインはその長き歳月の間ではじめて微笑んだといいます。カインとヴェントルーとの間で最後に何が話されたのかは伝わっていません。ですが、戻ってきたヴェントルーは決然として全同族を指揮し、「第二の街」の建設にかかりました。おそらく彼はその都も早晩滅びることがわかっていたのでしょう。それでも彼は新たな都市に全精力を傾注したのです。そしてここに、ヴェントルーは地上最強の宝物「カインの血」を土器に入れて埋めました。「第二の街」が滅亡した時も、彼はその宝物が正しき時至るまでそこに隠され続けていることを確認して、廃墟を去ったと言われています。一説には、ノスフェラトゥが地下を掘り続けているのは、この宝物を探しているからだとも言われています。

ポエニ戦争

 「第二の街」の崩壊後、ヴァンパイアたちは全世界に離散しました。そして落ち着いた先で人間の文明に関わり、彼らの間で生き延びていきました。この大離散の時代、最も活発に動いていたのはヴェントルー氏族でした。しかし当時のヴェントルーは、それほど人間の政治事情に関わらず、来るべき最終戦争(それはすぐ近くだと思われていました)とカインの帰還に備えて準備を怠らぬことに努力を傾けていたと伝えられています。ヴェントルーが歴史の表舞台に登場するのは、ローマ共和国の勃興からでした。

 ヴェントルーたちがローマに到来したのは、紀元前8世紀にエトルリア人がこの地を征服した時でした。当初、ティニアというヴェントルーに率いられた十三人のヴァンパイアがエトルリア人を支配していました。ところがティニアが休眠に陥った時に、彼女の子であるコルラトという者がエトルリアのローマ支配をくつがえし、父との談判の末にローマの支配者となりました。ティニアとコルラトの時代の後(この二人についてはこれ以上の話が伝わっていません)、ローマを掌握したのが有名なカミッラというヴェントルーでした。彼はネロの時代に至るローマの急激な拡大期を裏から展開させた張本人であり、当時最も名高いヴェントルーでした。そして、ローマ興隆期の数百年の間、ローマを巡ってカミッラが争わねばならなかった相手は、実は同族ではなくメイジたちでした。カミッラは他の氏族がローマに入ることを厳しく取り締まったからです。このため、ローマ共和国が隆盛するにつれ、ヴェントルー氏族の勢威もいやが上にも高まりました。紀元前3世紀になるとローマは全イタリアを統一し、ヴェントルーは世界最強の氏族となったのです。

 一方、それに先立つこと二百年余り前、今のチュニジアに当たる地域にあったカルタゴブルハー氏族が掌握しました。当時、まだ「マスカレード」の掟はありませんでしたが、ヴァンパイアたちはできるだけ人間に正体を明かさぬようにしていました。しかしカルタゴだけは違いました。ブルハーはおおっぴらに君主として路地を闊歩し、その正体をあからさまにしていました。トレアドールもこれに同調し、カルタゴの神殿では親の見ている前で幼子が炉に放り込まれるような蛮行が繰り返されたのです。さらに、このような状況はカルタゴだけでもゆゆしきことであるのに、増長したブルハーはその慣習を全世界に広めるべく、地元のアフリカ人を奴隷にして地中海へ征服活動を開始したのです。彼らはローマのメイジ勢力と手を結び、仇敵ワーウルフと和を結び、悪魔と契約して当時興隆期だったローマに戦いを挑みました。現在でもチュニジアの北端の地がいるだけでヴァンパイアに「紅の恐怖」を引き起こすのは、このときの不浄な取引が原因だと言われています。

 ブルハーが「秘密の諸王」の手駒と化しているのは明らかでした。彼らの援軍とやらが全世界に災いをもたらすことは目に見えていました。カミッラは氏族の使命をまっとうすべく動き始めました。まず地中海世界に散らばる氏族の同胞を集めた後、彼は他のヴァンパイアたちにもカルタゴの脅威を訴えました。最初に呼応したのはマルカヴィアンでした。この狂人たちはシチリア島のカルタゴ軍に戦いを挑み、こうして世に言うポエニ戦争が開幕したのです。

 一世紀以上にわたる全面戦争は、ヨーロッパの血族全員を巻き込んで戦われました。最初の頃こそブルハーの優勢に戦いは推移しましたが、やがてその脅威に気付いたヴァンパイアたちがヴェントルーのもとに参集し、カミッラも初めてローマを他氏族に開放しました。ラソンブラ、カッパドキアン(現代ではジョヴァンニと呼ばれている)をはじめとした多数のヴァンパイアたちがローマ入りを果たしました。しかし、戦局を決定的にしたのはカルタゴ側だったトレアドール氏族の寝返りでした。圧倒的な戦力をもって、ローマ軍はカルタゴ攻略を開始しました。無数の罠や魔術が飛び交い、数え切れない血族が滅んでいきました。最後の決戦は、ブルハーが数百年間維持してきた血塗られた生け贄の神殿で行われました。

 膨大な犠牲を払いながら、ローマ軍とヴェントルー氏族はブルハーが創り上げた冒涜的なものをすべて打ち壊していきました。この最中にも数々の罠によってヴェントルーやその援軍は次々と倒れていきましたが、ついにカルタゴはすべてを巻き込んで炎上しました。ブルハーたちは最後にこの地に呪いをかけました。この地を支配する者はすべて惨死を遂げるであろうと。この呪詛を残して、カルタゴは十七夜続いた火炎の中で地上から消滅しました。後に残ったのは徹底的に塩を撒かれ、傷を負ってその地中に休眠した悪魔崇拝者たちが復活できないようにされた土地だけでした。

ローマ帝国の瓦解

 最大の脅威カルタゴは滅亡しました。しかしヴェントルーは新たな火種を抱え込んでしまっていました。それは、ブルハーと戦う上でローマを他氏族に開放したことでした。他の氏族は放置するにはあまりに危険な存在でした。ヴェントルーは彼らを新たな世界的脅威にせぬために、毎夜奔走し続けました。その先頭に立ったローマの公子であるカミッラは、特に「仮面舞踏会」(当時は「血の沈黙」と呼ばれていた)の掟を厳しく執行しました。名実共に世界帝国となったローマの支配者として、ヴェントルーたちは地中海各地に散らばり、そこの代表者として定期的にローマに参集して、今後の血族の行く末について討議しました。

 が、これも次第に裏目に出始めました。ヴェントルーの間で派閥争いが起き、他の氏族もこれに介入して、ローマの政情は混沌としたものとなっていったのです。カミッラはこれを解決するため、ローマを帝政に移行させました。しかしこれも裏目に出てしまいます。特に、帝位継承の際に各氏族の数々の思惑が交錯し、帝国を絶え間ない内戦へと導いていきました。

 その中でも最大の事件が、狂気皇帝ネロの出現でした。彼が実際のところ誰の駒だったのかは今でも判然としていません。それでも、彼の一挙手一投足が、帝国を混乱へ落とし、やがて首都ローマは炎上してしまいます。そしてその混迷の中、公子カミッラも謎の失踪を遂げました。こうして、ローマ帝国は、そこに住まうヴァンパイアたちも道連れに、瓦解への道をひた走っていったのです。

異端審問への道

 ローマ帝政時代のヴェントルーが犯した最大の過ちは、勃興しつつあったキリスト教会を無視したことでした。この新興宗教が後にローマの国教になるなど誰も予想しなかったのです。しかし、キリスト教は着々と帝国内に浸透し、隠然たる力を発揮するようになっていきました。

 皇帝コンスタンティヌスが325年のニケーア公会議でキリスト教を公認し、やがてテオドシウス帝が国教化したときには、ヴェントルーはもはやそれに干渉できなくなっていました。西ローマ帝国が滅亡し、最後の希望が絶たれると、西欧のヴェントルーは急いで教会に勢力基盤を移そうとしました。が、これも失敗に終わります。当時、ヴェントルーの多くが小田原評定に終止して、事態の推移についていけなかったことも一因です。それに、従来、宗教とは国家と不離のものでした。単一で存続する宗教組織などというものを当時のヴェントルーたちは想像できませんでした。それにキリスト教がその興隆時代のほとんどを弾圧の中で地下潜伏していたことも、彼らの目を曇らせていたのです。

 ヴェントルーにとって誤算だったのはそれだけではありませんでした。教会を実質掌握したのが、他の氏族だけでなく、メイジ、そして「真の信仰」という不可思議なパワーを持つ強大な人間たちだったことです。キリスト教は磁石のようにそうした人間を引きつけました。そのパワーに気圧された血族たちは、限定的な影響力しか教会に及ぼすことができませんでした。その間にも、教会は全欧州の国々にその教圏を広げていきました。死後の天国行きの約束は、ヴァンパイアのエージェントが提示する永遠の生という報酬よりも、多くの人間たちにとって魅力的なものとなっていったのです。

 ローマ帝国の崩壊後、中世暗黒時代が到来しました。その初期、シャルルマーニュによってヨーロッパが一時的に統一されたことで、長らく分裂状態にあったヴェントルーは再統合を果たしました。しかし、それも良い方向にははたらきませんでした。続く四百年の間、ヴァンパイアたちはお互いに領地を巡って相争い続けました。ヴェントルー氏族ですら、その絶え間ない抗争の中で、人間の存在を過小評価し、ほとんど無視するようになっていきました。彼らは自分たちを万物の霊長だと思いこみ、人間をただの駒としてしか扱わないようになったのです。そして、正体を明かさぬという掟もまた、なおざりにされていきました。

 こうして悲劇の種は蒔かれました。慢心したヴァンパイア・ロードたちが暗闇に閉ざされた欧州を闊歩する中、迷信と恐怖が人間たちを窮鼠に追い込んでいったことに、ヴェントルーも気付かなかったのです。教会が「異端審問会」を結成し、各地で異端と“悪魔”を狩りはじめたときも、ヴェントルーは動こうとしませんでした。他氏族との戦いに忙殺されていたためです。それに自分たちの教会支配を過大に評価してもいました。

 13世紀、ついに全欧州を異端審問の炎が席巻し始めました。人間たちはヒステリックにヴァンパイアを狩り出し、多くの長老たちが次々と灰に帰していきました。昨日までの支配者が、次の晩には必死で“獲物”たちの間を逃げまどうハメに陥ったのです。最初にヴェントルーが犠牲となったのは1252年だと言われています。異端審問をくい止めようとする努力はすべて徒労に終わりました。

カマリリャ創設

 異端審問と時を同じくして起こった「大叛乱」は、現代まで続くカマリリャ体制を生み出しました。叛徒最強の集団ともいえるサバトに決定的な勝利を収めることができたのは、ヴェントルー氏族の強力な指導があったからです。彼らは、全世界を席巻する叛徒たちの襲撃と暴力にどの氏族もが後込みする中、敢然と戦いを挑みました。かつてのポエニ戦争を想起させるような激烈な戦いの中、何人もの有名なヴェントルーが死んでいきましたが、ヴェントルーは、全氏族を率いる氏族としての矜持と伝統ゆえに、この戦いを耐え抜いたのです。

 「ソーンズ協定」の締結によって叛徒との戦争が終結すると、宿敵ブルハーも憎悪を内に抱えたままながら、ヴェントルーのハードシュタットが中心となって提唱したカマリリャの創設に協力しました。一方、協定を拒絶する叛徒たちはサバトを設立し、カマリリャに対して闘争を挑んできたのです。数百年に渡る両派閥の戦いは、サバトをヨーロッパ大陸から放逐することでカマリリャの勝利に終わりました。

近世以降のヴェントルー

 カマリリャ・サバト戦争が熾烈を極める中、ヴェントルーは人間社会の間にかつてないほど大きな影響力を持つようになっていきました。特に農村部から都市へ人口が流出するにつれ、大都市の支配者であるヴェントルーは隆盛を極めていったのです。さらに産業革命や急速な工業化は、ヴェントルー氏族を現在の形、つまり多国籍企業のような形に変えていきました。

 同時に、植民地政策の波に乗って、ヴェントルーは地球上のどこへでも進出していきました。彼らのエージェントは津々浦々までを探検し、主人のために利益をもたらしました。彼らはテクノロジーや経済力を使って、未開の諸国を次々と圧服していったのです。英国とドイツを支配していたヴェントルーは、両国の興隆に歩調を合わせるように、時代の覇者として全氏族の上に君臨していきました。こうして、カマリリャはヴェントルーの主導の下で、全世界的な組織となっていったのです。

 しかし一方で、ヴェントルーは世界の他地域で、さまざまな見たこともない超自然存在と遭遇を果たしました。そうした存在と否応なく関わるようになったことは、ヴェントルー氏族の使命にとって、新たな予測不能のファクターとなったのです。

 戦後、現代の情報化社会になっても、ヴェントルーは西洋社会にしっかりと根を下ろした世界最強の氏族としてカマリリャ支配の地域に君臨しています。彼らは多国籍巨大企業のように、全世界に拠点を持ち、そこから膨大な資本を吸い上げ、無数のコネクションを有しています。一見、彼らの覇権は揺るぎないように見えます。しかし、氏族の内部では次第に亀裂が顕在化してきています。氏族の優勢を疑いもしない長老たちと、まだ野心あふれ、氏族の保守的な風潮を嫌う若者たちとの間の確執は無視できないものとなりつつあります。今後、時代の転換期において、彼らの衝突は避けられないものでしょう。そしてそれは大きな変化を氏族とカマリリャにもたらすはずです。


氏族内体制

Houses of Nobles

 人間社会に深く関わってきたヴェントルーの氏族内体制は、時代の推移に合わせてさまざまな形を取ってきました。太古には確固たる組織を持たなかった彼らですが、カルタゴ陥落とローマ帝国の興隆によって、カミッラの指導の下、氏族の方針を決定する機関として「元老院」(Senate)が出現しました。こうして人間社会に強い力を保持するヴェントルーたちによる寡頭体制が成立し、そこでローマのヴァンパイア社会の事柄に関する討議が積極的に行われた結果、元老院はヴェントルー氏族を全氏族の指導者へと押し上げる役割を果たしました。

 しかし、地中海世界全体にヴェントルーの影響力が広がるに連れ、元老院は次第に氏族内の紛争を解決するための機関という性格が強くなっていきました。票の売買が公然と行われるようになり、元老院は次第に堕落していったのです。そして、カミッラの失踪にともない、元老院はいくつもの派閥に分裂し、議決機能を喪失してしまいました。

 476年に西ローマ帝国が滅亡した時点で、既に元老院は二百年以上もの間開催されていませんでした。統一機関をなくしたヴェントルー氏族は、無数の下位氏族ともいうべき派閥に分裂していきました。強力なヴェントルーが、比較的弱いヴェントルーたちを傘下におさめ、一種の独立国を各地に設立していきました。この小国分立状態は数百年にもわたって続くことになります。この「中世」期、多くのヴェントルーが興亡を繰り返していきました。氏族全体としては、同一のヴィジョンを共有していると彼らは信じていたのですが、個々の領邦では事情はまったく異なり、方針も違っていたのが実状だったのです。この状況は、カマリリャの創設まで続きました。

 カマリリャ創設の途上、創設者たちの中でも全氏族の長を自任するヴェントルーの指導者たちは、氏族の団結の必要性を痛感し、ヨーロッパ全土で反対勢力を打破すべく暗躍しました。最初は大都市に拠点を置いていたこの活動も、やがて周辺諸国にも広がり、ゆっくりと地方の領主たちの信頼を勝ち得ていきました。ほとんどのヴェントルーたちは、氏族の長たちの活動の真意をはかりかねていました。この頃、壮大な展望を持っていたのは創設者たちだけだったのです。しかし、こうした活動を行った結社はひとつではありませんでした。氏族の団結を目指す指導者たちそれぞれに、いろいろな形の秘密結社が属して、反目と協同を繰り返しながら、来るべき未来に向けて邁進したのです。ある程度の団結が実現した後も、こうした結社は別々のものとして残存しました。

 数々の秘密結社は約五百年間、人目を避けて秘密裏に活動していました。しかし、氏族の勢力がアフリカ、アジア、新大陸に広がり、全世界を視野に入れた活動に発展するに連れて時代遅れとなったこの体制を捨てることにしました。19世紀末には、多くの結社が「理事会」(Directorate)という形で、全ヴェントルー、全ヴァンパイアの利益のために動く機関として表に姿を現しました。

 現在では、西洋世界の主要都市のすべてにひとつの理事会が設置されています。理事会の中にはほんの数人しかメンバーがいないものもありますが、いずれも氏族の力と影響力を拡充するという共通の目的のために動いています。理事会は普通、毎月第一木曜日に集会を開き、地元都市のヴェントルー全員が参加を要請されます。「取締役」たちが顔を合わせるのはまれですが、常に連絡は取り合っています。


ヴェントルーの法と掟

Honorable Traditions

 ヴェントルーの法は明文化されたことはいままで一度もありません。理事会はおのおのが、氏族の国際的な目標に反しない範囲で、自分たちのポリシーに基づいて法律を執行します。彼らは成文法で縛られているわけではありませんが、古き「掟」と伝統を厳格に実行しています。

 ヴェントルーは先例を非常に重視します。彼らに通底している原則は「父祖に良きことは、我にも良きこと」です。例えば、メイジと戦うトレメールと協同したり、トレアドールの公子の政策を支持するかどうかを決める際には、ヴェントルーはまず歴史書を見て、以前に似たような状況がなかったかどうかを確かめます。

 こうした「掟」の厳守はヴェントルー間の関係において最も厳しく執行されます。年若いヴェントルーは、長老にほぼ完全に服従することを期待されます。これは「社会的ダーウィニズム」の信奉ともいえます。つまり、「頂点たる者は、頂点たるに値する者でなければならぬ」のです。ともかくも、この氏族はずっとこのやり方を通してきました。

 この“法律”を最終的に執行するのは理事会ですが、「掟」に違背した氏族メンバーは全ヴェントルーにそっぽを向かれます。この状況は、若いヴァンパイアが長老の支配下にある古参産業を揺るがした時によく起こります。その産業が停滞しているとしても、若いヴァンパイアはそれを長老から奪う権利を持ってはいないのですから。

 もちろん、ヴェントルーは「六条の掟」を厳守していますが、それ以外にも氏族独特の掟をいろいろと持っています。代表的な掟としては、ヴェントルーは他のヴェントルーの隠れ家の中で安全を保障される、というものがあります。これがヴェントルー同士の助け合いの精神の源であり、氏族メンバーを助けるべく彼らは動くのです。

 「責務」の掟もヴェントルーではより強い意味を持ちます。ヴェントルーの間では、第四の掟は子が一人前として認められた後も父に適用されます。つまり、自分の子孫については常に注意を払わねばなりません。子孫の罪は先祖の罪ともなるのです。逆に言えば、子孫の功績は先祖の功績ともなるのです。

 「抱擁の夜」の慣習も有名です。ヴェントルーは毎年、自分がアンデッドとなった夜を“誕生夜”として祝賀し、近縁や友人、名士を集めて宴を開くのです。こうしたパーティーには膨大な金と十分な準備期間を経るのが普通であり、そのヴェントルーの名望を示す良い機会ともなるのです。また、先祖の偉業を称える祝賀会も、自らの血筋を高らかに誇るためによく開かれます。

 こうしたパーティーの会場では、贈り物の交換が人間たちと同様に行われます。最も素晴らしい贈り物を贈った者は、氏族内での威信を高めることができます。こうした贈り物は貸し借りの原則に厳密には当てはまらないのですが、受け取った者は送り主に対して何か特別なお返しをするのが慣例となっています。こうした贈り物交換が素晴らしい結果に終われば、そのパーティーも大成功をおさめたとして記憶されるものです。


人間の支配者

Masters of Canaille

 若いヴァンパイアは、人間を支配するには視線を合わせて『支配』Dominateをかければよいと単純に考えがちですが、事はそう簡単ではありません。それは一時的な解決に過ぎないからです。

 人間はヴァンパイアが考えるほど馬鹿ではありません。たとえヴェントルーが誰かを『支配』して何らかの行動をさせ、その事を忘却させたとしても、その行動自体は消せません。警察権力が動き始め、その動機や現場状況を精密に調べていきます。もし官僚を『支配』して、隠れ家の土地権利書に不法なサインをさせたとしたら、後になってその官僚は自分の行為に驚愕して、隠れ家のある場所に要らぬ関心を抱いてしまうでしょう。『威厳』Presenceはもっと破滅的な結果になりかねません。ヴァンパイアによって妙な感情を惹起されて重要な情報を教えてしまった人間は、狼狽し、激怒して、自分の上司に事態を告げるだけでなく、個人的な復讐の挙に出るかもしれません。この人間を倒したとしても、問題は次から次へと連鎖し、ついにはヴァンパイアを滅ぼしてしまうこともあるのです。

 人間を支配するということはデリケートな作戦を必要とします。特にヴェントルーは、自分の望みを達成するのにディシプリンを使うことをあまり好みません。もっと別の、もっと効果的で目立たない方法を採るのが有能なヴェントルーの証拠なのです。

【政府機関】

 “政府”というとすぐに議員や高級官僚のことを想起するでしょう。しかしそうした「名士」たちを操って、殺人事件の捜査をもみ消したり、資金の横領をさせたりすれば、すぐに目立ってしまい、要らぬ好奇心を大衆、特にマスコミの間に喚起してしまいます。

 彼らを支配下におさめるのは有用ではありますが、ヴェントルーはもっと下っ端の官僚や警官を掌中に収めるほうに努力を傾注します。市当局のある部門の従業員を操るだけでも、政府をより効果的に操るための重要な情報を横流しさせることは可能です。賢明なヴェントルーは、まず都市開発局に手駒を作って、自分の主要な餌場や仕事場を監視してもらうものです。こうすれば、敵が自分の勢力圏に手を伸ばしてきても、先手を打つことができるでしょう。また、同じ理由から財務局や公共事業に関する部局の従業員に狙いを定めるヴェントルーもいます。公園管理局の誰かに手づるを付けておけば、ギャンレルから好意を得られる上、ワーウルフの監視もできるからです。

 警察や司法当局はもっと有益な目標です。幼童は警察署長や判事に手を出さないよう忠告されます。なぜならこうした人々は長老によってすでに『調教』Conditionされているのが普通だからです。そのかわりに、幼童は自分の隠れ家の近くを巡回する警察官たちを狙い、あわよくば巡査部長も手中に収めます。司法当局では、彼らは判事助手(実務は彼らがほとんどやっています)をまず狙い、弁護士や有能な検事、それから公選弁護人に手を伸ばします。

 ではどのようにして支配するのか?

 最も一般的な方法はお金です。自分の給料に満足している公務員などそうそういません。しかしデメリットもあります。金で買われた人物は、同様に敵から金で買われて裏切るかもしれません。

 もっと賢いヴェントルーは、官僚と個人的な関係を結び、そこから利益を引き出します。人は、金を払われてもしないことを、友人に対しては喜んでやってくれるものです。誰しも友情にはほだされるものですから、ヴェントルーはこれを最大限利用しようとします。好感情を惹起する訓え『威厳』と、相手の自尊心をくすぐることで、長い時間をかけて手駒を“友人”にします。ヴェントルーの中には、娼婦のやり口に似た手法を採る者もいます。つまり、自分にとってなくてはならない人物だと繰り返しささやくことで、相手を籠絡するのです。

 もちろん別のやり方もあります。アンデッドの間では賄賂も人気があります。合法非合法を問わず、贈り物(時にはヴァンパイアの血)を送ることで好意を得ることもできます。政治家は、要求された行為が自分の役目からそれほどはずれていなければ、訓えによって強制された行動でも正当化してしまうものです。最終手段としては、大衆の運動を喚起して、公務員に意志を曲げさせることもありえます。

【ビジネス界】

 企業に関しては、やり方が一変します。下っ端の企業従業員は会社の成功のためには重要な役割を果たしますが、実際に企業がどう動くか、そしてお金の流れがどうなるかを決めるのはオーナーの一存だからです。

 企業支配の方法は企業によってさまざまです。株主によって所有され、取締役会と代表取締役(CEO)によって運営されている株式会社には、有限会社とは異なったやり方が必要です。時には、企業全体ではなく、下請けや支局だけを支配するだけで事足りることもあります。ヴェントルーの冗談の中には、誰か他のヴァンパイアが企業に関して成功を収めれば、それはヴェントルー氏族に魂を売ったことになる、というものがあります。その一方で、誰が真の企業の支配者であるか幼童にはわからないため、実はヴェントルーはジョヴァンニやグラスウォーカー(ワーウルフの一部族)、トレアドールなどのために働いているのだとも言われています。

 ヴェントルーは企業の階段をできるだけ高くまで上がろうとしますが、これは簡単なことではありません。株は高価ですし、時間を食う上、周囲の注意を引いてしまいます。株式会社に影響力を持つもっと一般的なやり方としては、重役に手づるを付けることです。ほとんどの取締役は企業の中枢事項に関わっていますから、ヴェントルーは必要な重役に接触する機会を見つけることができます。

 よく知られる戦略としては、企業を危機に陥れ(企業乗っ取り、労働問題、司法の手入れ、欠陥商品など)、そこに救いの騎士として現れるというものです。重役たちはヴァンパイアに注目し、頼り、事実の隠蔽のためにヴァンパイアに口止め料を支払おうとするでしょう。それからおもむろにヴェントルーは企業支配に乗りだし、最終的にはCEOすら彼の指示無しには動けないようにまでしてしまいます。取締役たちはヴァンパイアの企業運営に協力してくれるでしょうが、確実とは言えません。そこで、ヴェントルーは理事長にグールをすえて、敵対的なCEOを無力化してしまいます。このグールを支配下に着実に収めるために、ヴェントルーは何でもやります。意に染まなければ、このグールを抹殺して別のグールを取締役に仕立てることすらするのです。

 ヴェントルーは有限会社に対してもこの“危機”作戦を用いますが、もっと攻撃的に実行します。こうした場合、オーナーが事態を作り出していると確信するに至ります。輸送トラックが毎夜のようにハイジャックされ、オーナーがそれへの対処法を知っていたり、生産ラインがストップしたときの再開法を知っていたりすれば、問題の企業の従業員はオーナーに責任があると断定し、新たなオーナー、つまりヴェントルーを見つけることになります。その後、ヴェントルーは支配を確固とするわけです。

【グール】

 ヴェントルーは老人を〈抱擁〉したがりません。ヴァンパイアとしての生は極めて危険なため、若者を欲しがります。しかし、老齢の盟友が死ぬよりも、ヴェントルーはグールとして永遠に呪縛することを望むことがあります。ヴェントルーほどこの従僕たちをうまく扱える者はいないと言ってよいでしょう。ヴェントルーは永遠の命は最高の賄賂であることを心得ており、特に氏族の利益に有用な地位についている老人にとっては垂涎の的であることもわかっています。ヴェントルーにとっては、若僧ではなく、すでに老獪で有能な者を永遠に獲得することができるのです。

 ヴェントルーのグールは、説明のつく時間の間、生前の地位にとどまって世俗的な権力をヴェントルーのために行使します。地位を降りてからは、黒幕として活動するようになります。無用になったグールは可及的速やかに排除するヴェントルーもいますが、ほとんどの者はかつての盟友に新たな地位を授けます。

 役に立つ間は、ヴェントルーのグールはヴァンパイアの不死の生の欠かせぬ一部といえます。この氏族は、第四の掟である「申告の掟」をグールにも適用します。ヴェントルーは、グールのことをその主人の延長であると見なし、そのように丁重に遇します。彼らは普通、従僕を不必要な危険に投入したり、ひどく冷遇するようなことは避けます。多くのグールは主人であるヴェントルーに何十年も仕えた後も、自ら進んでもう数十年仕えたいと思うものです。

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