ツィミーシィ

The Way of All Flesh

TZIMISCE

 太古の昔より、最も邪悪な氏族として悪名をはせてきた「ツィミーシィ」。
 古くは東欧に比類無き暴君として、陰惨な古城より餌食たる人間たちを睥睨し、その故郷を追われて後は、サバトにくみする恐るべき妖術師・類まれなる魔の哲学者として、ツィミーシィは、人間性を重んじるヴァンパイアにとって、恐怖すべき存在であり続けてきました。

 その生活様式、思想、そして凄惨な魔術は、他の氏族の最も非情なヴァンパイアですらも目を背けるほど非人間的なものです。しかし、その様相をあえてのぞいてみましょう。ただ、その結果は想像以上に悲惨なものかもしれませんが。


魔人の系譜

Chronicles of Blood 'n Flesh

 ツィミーシィは、その長い歴史のほとんどを暗い森と険しい山々に囲まれた東欧(特にカルパチア山脈)で展開してきました。古代、他の氏族が人間たちと同様に、南の地域を住処として選ぶ中(カインの都もそのひとつでした)、ツィミーシィは寒冷で人間が住むに難しいカルパチアの山々の中、ダニューブ河沿いの土地に戻っていったのです。彼らはあらゆる意味で人間ではないと胸を張り、人間たちの好む温暖さを拒絶することで自らのアイデンティティを確立したとも言えるでしょう。さらに、彼らによれば、始祖ツィミーシィは、アンテデルヴィアンの中で唯一「覚醒したアヴァター」(Awakened Avatar)を持っていた偉大な魔術師であり、それゆえにカインそのひとをも超越する存在だったということです。

 ツィミーシィたちは、バルト海沿岸、ロシア、バルカン半島に住まうスラヴ人の間で暮らし、彼らから“魔術師”を意味する「コーダン」(koldun)の名で尊崇され、恐怖されました。ツィミーシィは奉献と生け贄を代償に、原住民たちに霊視能力や獣を操る力を提供したのです。逆らう者や不興をかった者は、その恐るべき魔力によって血も凍るような罰を受けました。このように、この魔力に満ちた土地を領地としたツィミーシィたちは、その境を敵の骨と肉で示し、招待なしに踏み入る者をなんぴとたりとも生きて帰しませんでした。

 ツィミーシィは多くの敵と対峙していました。その中でも最凶にして最悪の存在が「バーバ・ヤーガ」と呼ばれる邪悪な存在でした。彼女がヴァンパイアであったのかもっと別のものであったのかは詳しくはわかりません。ともかくもバーバ・ヤーガとそのしもべたちは夜を徘徊し、多大な被害をもたらしたのです。
 バーバ・ヤーガと同じくらい凶悪だったのが、「シャドウ・ロード」と名乗るワーウルフたちでした。彼らは山々を駆け、骨肉の争いを繰り返しながらも、出逢った敵を容赦なくその爪で引き裂いていきました。

 しかし、何よりも注意せねばならず、打ち倒し難い敵が、同じヴァンパイアの他氏族でした。彼らは歴史上幾度となく、ツィミーシィの土地に侵略の手を伸ばしました。ツィミーシィはこれに対抗すべく、強大な魔術を編みだして敵を打ち倒し、スラチトと呼ばれる戦闘用グールを作り出してヨーロッパ中に放って敵をおびやかしました。特にスラチトの存在は、オーガやゴブリンなどの夜の化け物の伝承につながったと言われています。さらに、トラキアの荒野で製造された巨大な戦闘用の怪物ヴォズドは、南のギリシア人を恐怖に陥れ、百本の腕を持つ巨人たちを語る神話を生み出しました。  紀元前の世界では、ツィミーシィは最強でした。南の諸氏族にそそのかされた人間たちの侵略はことごとく撃退され、復讐のために送り出された凶悪なしもべたちの前に、他のヴァンパイアたちは逃げまどうばかりだったのです。しかし、ツィミーシィが古来よりの故郷で安住している間に、次第に世の情勢は変化していきました。そのことに注意を怠ったことで、ツィミーシィは屈辱的な敗北を喫することになります。

 南では、ローマが都市国家を次々と併呑し、帝国へと成長していました。その背後にいたのはヴェントルー、ラソンブラ、そしてマルカヴィアンの氏族でした。彼らは地中海沿岸全域を制覇すると、次は当時ダキアと呼ばれていた、ツィミーシィの故郷を目指して進撃を始めました。皇帝トラヤヌスに率いられた遠征軍は、夜の将軍たちの助けを受けてダキアの奥深くまで攻め込み、やがてそこを帝国領として制圧しました。この時以来、ツィミーシィにとって忌むべき名「ルーマニア」(“ローマ人の土地”という意味)がこの地域につけられたのです。
 この敗北の数百年の後、ツィミーシィは、南の諸氏族の不和に乗じて反撃を開始しました。それは彼らの不和の魔術が功を奏した結果だと言う者もいます。ともかくも、ローマ帝国が空中分解を始めると、すかさずツィミーシィは北の蛮族(ゴート族、ヴァンダル族、フン族など)をけしかけて、大規模な南進を開始させました。帝国は崩壊し、ティベル川は血に染まりました。ツィミーシィは復讐を果たしたのです。

 続く中世暗黒時代は、ツィミーシィにとっては黄金時代でした。統一国家が消滅し、ヨーロッパ各地にばらばらになった集落や街が散在していたこの時代は、彼らが最も傍若無人に振る舞った時期でもありました。自分たちが扇動した蛮族たちが定住すると、ツィミーシィはそれらを餌食や生体実験の道具として使い始めました。混沌と暗闇が全土を覆う中、ツィミーシィはこの世の栄華を誇ったのです。

 ビザンティン帝国は、憎むべきローマの後継者でした。ツィミーシィの土地のすぐ南を統治するこの国には、諸氏族が集結して陰謀を練っていました。ツィミーシィはここにも手先を送り込んで、常に帝国内に不和と混乱をまき散らし続けました。
 一方、シャルルマーニュのフランク王国は、それを影で支えるヴェントルーたちとともに、北の重大な脅威でした。彼らに対抗すべく、ツィミーシィは東欧の部族の血統のいくつかを永遠の家臣にすることを思い立ちました。彼らは魔術実験を施しグールとしての因子を埋め込むことに成功しました。それ以来、この血筋に生まれた人間は「レヴナント」と呼ばれる特殊なグールとして、ツィミーシィに永遠の忠誠を誓うことになったのです。
 故地での古くからのバーバ・ヤーガとワーウルフとの戦いは、敵の双方を共倒れさせることでツィミーシィの勝利に終わりました。983年には、植民地を建設していたテュートン人に対してスラヴ諸族が大規模な反乱を起こし、ツィミーシィはヴェントルーの手先たちを自分の故郷から追放しました。さらにバイエルンやブロッケンにもしもべを送り込み、そこの住民を恐怖に陥れたのです。

 こうした輝かしい勝利によって、ツィミーシィの東欧支配は決定的なものとなりました。彼らは文字通りのヴァンパイア・ロードとなり、映画や小説で何度となく語られた通りの夜の暴君として、古城から人間たちを傲慢に支配しました。昼間は城の墓で眠りにつき、レヴナントの家令たちに領地の采配を任せました。夜になると寝床から起きだして、夜の屋外を徘徊しました。人間たちは怖れおののき、無益なお守り(ニンニクや護符)を軒先にかけて、夜の間“ヴァンピュル”たちが自分のところにこないよう祈り続けました。

 しかし、この繁栄によって、ツィミーシィの長老たちは次第にかつてのような精強さを失っていきました。そのことに気付いた者はほとんどいませんでしたが、そうした彼らの驕りが、次の時代の大変動を引き起こしたのです。

トレメールの出現

 故郷に確固たる支配を築いたツィミーシィは、次第に氏族内で縄張りを巡って相争うようになっていきました。長老は自分の子らを使って、いつ果てるとも知れない血みどろの内戦を展開しました。カルパチアの地はそうした子らとグール、そして人間たちの血に染まりました。年若いツィミーシィは使い捨ての駒のように消費されました。しかし氏族の中で最も“血の契り”に通じていたツィミーシィ氏族では、彼らは強固に父たちと結びつけられており、造反など思いも寄らない状態にありました。こうした哀れな子らは、父の気まぐれと激情によって差し向けられ、次々と塵と化していったのです。

 そうこうしているうちに、東欧でのツィミーシィの衰退を招いた最大の事件が発生しました。ひとつの魔術師集団が、この土地へと入り込んできたのです。彼らはそのリーダーの名から「トレメール」と名乗っていました。彼らはこの魔力ある土地からパワーを採取し、自らの魔法の強化に励みました。それだけでもツィミーシィにとって許し難いことでしたが、トレメールはこともあろうにツィミーシィのひとりをつかまえて魔術実験を施し、そこからヴァンパイアとしての力を盗み取ったのです。

 こうして血で血を洗う戦争が勃発しました。ツィミーシィの受け継いできた魔術と従僕たちの力をもってすれば新生の簒奪者たちなどひとひねりのはずでした。ところが、長老たちは長い間の怠惰な生活に慣れ、有効な手段を打つことを怠ったのです。予想以上に強大なトレメールたちの魔術の前に、長老たちが差し向けたしもべたちは次々と打ち倒されていきました。トレメールは「ガーゴイル」と呼ばれる怪物めいた手下を作り出して、スラチトやヴォズドに立ち向かわせました。
 トレメールの版図は徐々に広がっていきました。ツィミーシィの長老たちはこの状況に驚愕して、自分の城に籠もって守りを固めました。かわりに戦いに向かわされたのが彼らの子らでした。しかし、統制にかけた軍勢はトレメールの魔術軍団によって追い散らされました。氏族は次第に衰退をたどっていったのです。頼みの綱である始祖ツィミーシィも、「クワイアット」(Quiet)と呼ばれる魔法的な眠りに落ちたまま目覚めることはありませんでした。

 状況は悪化の一途をたどりました。東欧の混乱に気付いた他の氏族が、その下僕たる人間たちの軍勢を一斉に侵略に向かわせたのです。ヴェントルーにそそのかされたドイツの騎士たちが数百年破られたことのない境界を突破し、ギャンレルとともに到来したモンゴル人によって大都市キエフは灰燼に帰しました。南のアサマイトはトルコと共にセルビア一円に攻め込みました。さらに、強力なヴァンパイア・ハンターたちで構成されたテュートン騎士団が、異教を撲滅すべく北から南下を開始したのです。ツィミーシィ配下にあった部族は次々と降伏し、領地は削り取られ、ツィミーシィは城から引きずり出されて炎の中に投じられました。
 この危急存亡の時にあって、長老たちはまだ有効な対抗手段を打ち出せませんでした。子らは絶望的な戦いに投入され、“血の契り”に縛られながら爪や呪文、杭や炎や十字架の前に消えていきました。しかしこうした苛酷な扱いは、ゆっくりと呪縛の力を弱めていたのです。

 そして、革命の時が訪れました。

クパラの夜 Kupala's Night

 「クパラの夜」と呼ばれる不浄なる聖夜、ヴァンパイア社会全体を揺るがすことになるある儀式が執行されました。カルパチア山脈の奥深くで行われたこの大祭を参加したのは、ルゴジヴェリュヤという人物に代表される年若いツィミーシィたちでした。そこで行われた邪悪な儀式は、彼らにとって大きな変化をもたらしました。星の爆発のような輝きの後、彼らは人間の血の中で身を浄めました。この瞬間、長年に渡って彼らを縛り付けてきた“血の契り”は断ち切られたのです。

 以来、若いツィミーシィたちは、父たる暴君たちのもとに帰参することなく、逆に彼らに向けて反旗を翻しました。この造反劇は、大規模な戦争へと発展しました。激怒した長老たちは、自分の子らに向けて無数の化け物たちを差し向け、自らも恐るべきパワーを発揮して彼らを打ち倒しました。しかし、強固な団結と魔術を駆使する若者たちの前に、長老たちはひとりまたひとりと滅ぼされていきました。
 一方、この大叛乱はヨーロッパ全土に広がっていきました。ブルハーは自ら“叛徒”と宣言し、若者の自由を勝ち取るべく長老に戦いを挑みました。ラソンブラではもっと決定的な事件が起きました。始祖ラソンブラが自分の子によって滅ぼされたのです。

 そしてついに星が凶兆を示し、彗星が流れる夜、始祖ツィミーシィの眠る古代の寺院を巡る戦いを始まりました。アンテデルヴィアンのしもべは強力無比でしたが、長老の血を吸い尽くすことで力を増していた若者たちは、激戦の中、寝所の奥深くへと進んでいきました。血と肉と骨の海の中、リーダーであるルゴジはついに始祖の寝床にまでたどりつきました。そこで始祖は深い魔法の眠りについていました。ルゴジはまる一日をかけて始祖の血を吸い尽くしました。そして、ルゴジは休眠に落ちました。最後の夜に復活することを同志たちに告げて。

 二人のアンテデルヴィアンが滅ぼされたことに驚愕した他のヴァンパイアたちは、一部の長老を中心として急速に結束を固めました。それは七つの氏族が代表する「カマリリャ」という形で結実しました。ツィミーシィはこの同盟構想を軽蔑しましたが、その団結した力はあらがい難く、撤退を余儀なくされていきました。他の若者(叛徒)たちはカマリリャに降伏しましたが、始祖を殺してしまった二つの氏族にとって、その選択肢は採ることができないものでした。

サバトとして

 カマリリャを拒絶したツィミーシィは、始祖を滅ぼしたラソンブラと、反旗を翻していた東洋のマルカヴィアンと手を組みました。アンテデルヴィアンの手先(彼らはカマリリャをそう見ていました)と同様、彼らもまた自分たちの派閥を設立したのです。この時、自分たちをお互いに呪縛するべく「ヴァウルデリ」(Vaulderie)と呼ばれる儀式が行われました。彼らはアンテデルヴィアンの走狗に堕するくらいなら滅びを選ぶことを誓ったのです。
 森へ荒野へツィミーシィたちは撤退していきました。カマリリャの軍勢を押し留めるために彼らはどんな残虐行為でも平気で行っていきました。村落全体を咆哮する吸血鬼の群に変えてしまったり、おぞましい魔術をためらいもなく行使しました。そうした彼らの姿に怖れおののいた農民たちは、それを指さして「サバト」と呼びました。魔女の宴を意味するこの言葉がセクトの名となったのはこの時からです。

 ルネサンス期には戦いは熾烈を極めました。各国の軍隊を操るカマリリャのくり出す攻撃は強烈なもので、さらにそれに銃や大砲が加わったことで、伝統的なヴォズドやスラチトでは対抗できなくなっていったのです。全戦線でサバトは劣勢を余儀なくされ、ツィミーシィの故郷もまた安全ではなくなりました。南から大軍を率いて攻め入ってきたトルコ帝国はアサマイトのグールを数多く抱えており、その圧倒的な物量によってバルカン半島は蹂躙されました。また、サバト・ツィミーシィにとって許されざる存在であるヴラド・ツェペシュすなわちドラキュラ公(*)が出現したのも、この時期のことでした。

(*)ドラキュラは、サバト・ツィミーシィとたもとを分かち、アンコニュの重鎮のひとりになったと言われています。彼の所業については諸説ふんぷんで詳しいことはわかっていません。

 その頃から、世界は次第にヴァンパイアの存在を迷信として無視するようになっていきました。これはカマリリャの「仮面舞踏会」を強化する工作の結果だと言われています。19世紀には、ヴァンパイアは小説や三文雑誌の中にしか現れないものと見られるようになっていました。それでも、ツィミーシィは東欧でレヴナントを支配し、農奴たちを服従させていました。しかし、1850年を境に、カマリリャの攻勢は耐え難いものとなり、ついにツィミーシィたちはバルカン半島をはじめとする数千年に渡る故地を捨てて、スラヴ移民とともに大西洋を渡っていきました。彼らは新大陸に新たなカルパチア山脈を求めて船出したのです。

新世界のツィミーシィ

 産業革命と大量生産の時代に入っていた新大陸で、ツィミーシィは予想以上に定住に成功しました。キリスト教の衰退、摩天楼に君臨する資本家たち、工場で働く労働者の虐待といった数々の社会的な要素を巧妙に利用して、ツィミーシィは着々と地盤を築いていきました。雑然とした大都市の中で、労働者の隣人が突然消えたところで誰も気にはしなかったからです。また鉱山で働いて窒息死しそうな子供たちが死んでも、誰もが事故死だと思ったことでしょう。ヴァンパイアにとって工業化のアメリカは想像よりも暮らしやすい場所でした。

 一方、ヨーロッパで試みられた最後の故地回復の動きは失敗に終わりました。トルコの衰退と第一次大戦に乗じた奪回活動は粉砕され、ロシアはブルーハーに率いられた共産主義者たちに制圧されました。さらにこの後アメリカでも状況は悪化し始めました。カマリリャによってそそのかされた「赤狩り」によって、共産主義者としてツィミーシィのレヴナントや従僕たちが次々と投獄され、絞首刑に処されていきました。科学によって発明された数々の機械が、新たな魔狩人としてツィミーシィたちをおびやかしていったのです。

 ヒトラーという存在がいったいどういう顛末で出現し、何ものがその背後にいたのかは、今に至るまでわかっていません。どの氏族もこの件に関しては首をかしげ、他の誰かが自分たちを滅ぼすために仕組んだことではないかと疑っています。ともかくも、彼によって引き起こされた大規模な惨劇は、ヴァンパイア社会にも大きな揺動をもたらしたのは確かです。その中で最もこの状況を利用したのが、ツィミーシィといえるでしょう。
 強制収容所はツィミーシィにとって宝の山のような場所でした。そこに押し込められた人々にはあらゆる意味で人権も存在せず、その生死を一顧だにされることはありませんでした。ですから、ツィミーシィは遠慮なく彼らを使って魔術実験を行ったり、餌食にしたりすることができたのです。この頃、ヨーロッパに残ったツィミーシィの多くが強制収容所の設立と運営に関わったと言われています。しかし一方で、ツィミーシィの所業に負けずおとらずの行いがメンゲレ博士をはじめとするナチスの科学者たちや親衛隊によって行われました。ツィミーシィの中にはこうした人間の行いに驚きを禁じ得ない者もいるようです。

 しかし良き時代というものには必ず終わりがあるものです。第三帝国が崩壊すると、ブルーハーの手駒たる共産主義者の軍勢が、ツィミーシィの故地を制圧して悲惨を振りまきました。彼らの愛した土地は無惨に衰退していったのです。
 戦後、ツィミーシィとカマリリャに代表される戦いはその多くが膠着状態に陥りました。第二次大戦を生き延びたツィミーシィの長老たちは「オラデア同盟」と呼ばれる盟約を結んで生存に奔走するようになりました。サバトのツィミーシィたちは、人間たちの発展させた科学を積極的に取り込み、それを用いてさらなる実験にいそしむようになりました。彼らに拠れば、現代に発明された最大の成果は、細菌やバクテリアにグールとしての因子を埋め込むことに成功したことだということです。エイズや出血熱などはその序の口にすぎないというのです。彼らが今後世界のもたらすものが何であるのか、カマリリャのヴァンパイアたちは戦慄を禁じ得ないようです。


妖魔の一族

Fiend's Household

〈抱擁〉

 いわゆる「継嗣の掟」についてはツィミーシィは軽蔑の色を隠しませんが、彼らが〈抱擁〉する者を注意深く選ぶことは有名な話です。ツィミーシィは自分たちが人間ではないことを認識し、また人間であろうともしていません。それゆえ、彼らは社会的・精神的・感情的にも非人間的な人間しか〈抱擁〉しないのです。ただし、こうした要素によって氏族に必要とされる聡明さや名誉、魅力が減殺されていてはいけないのです。ツィミーシィはいわばハンニバル・レクターのようなエレガントな邪悪さを良しとするのです(映画『羊たちの沈黙』参照)。

 ツィミーシィの重んじる知性とは、問題解決能力や論理的思考の力よりも、物事に新たな見方を見いだせる明敏さです。その意味でマルカヴィアンに似ているとも言えますが、ツィミーシィは狂気とは人間性のもたらす弱さだと唾棄しています。

 ツィミーシィは、〈抱擁〉を非常に神聖な(不浄な?)儀式として重んじます。彼らは決してブルーハーなどの氏族で行われるような性急な〈抱擁〉を行いません。戦時の手駒ならばグールで十分だからです。貴重で高貴なるツィミーシィの血は軽々しく受け継がせてはならないものなのです。

 ツィミーシィは、他のサバト氏族とは違って〈抱擁〉後も継嗣に影響力を残します。ただそれもカマリリャのような上下支配の関係ではありません。ツィミーシィは別のパックに属する自分の継嗣ともつながりを保ちますが、それは自分の血筋を重んじているからと言えるでしょう。その証拠に、継嗣の失態はそのまま父の権威失墜にもつながるのです。

氏族構造

 ツィミーシィは一見したところ、サバトらしく非常にばらばらな氏族のように見えますが、そうでもないのが実際です。

 ヴェントルーやトレメールのような確固とした構造こそないものの、この氏族は非常に緊密な結びつきを誇っています。派閥と氏族への尊敬と忠誠はツィミーシィ全体に共通することであり、『造躯』Vicissitudeを用いることで、同じサバトの一員でも非常に個性的な自己表現をすることで知られています。また、氏族内でもヴァウルデリを使用することで強い絆を維持していることも有名なことです。

 サバト・ツィミーシィの構造の基本となるのは個々の力です。ツロ(zulo)の姿に変じる力(『造躯』4レベル)、『魔術』Thaumaturgyを最低1レベル、そして知恵者としての評判を獲得し、セクトと氏族への忠誠心を証立てた者は、「ヅパン」(zhupan)と呼ばれて、その知恵と力ゆえに氏族内で指導者として尊敬されます。彼らはより力の劣ったツィミーシィに“提言”する権利を得ています。ツィミーシィはこうした“提言”に従う義務はないのですが、ヅパンを無視することはあまり喜ばしくない事態を招来することでしょう。

 ツィミーシィ氏族のトップは、「ヴォエヴォド」(Voivode)と呼ばれています。この称号は古くはバルカン半島の君主を意味するものでしたが、現在のサバトの間ではそれほどの意味はありません。実際には、ヴォエヴォドはサバトにおける枢機卿と同じくらいの地位に相当すると見られています。ヴォエヴォドはどちらかというと宗教的な意味合いの強い地位であり、聖夜にサバトの大儀式を主催するのはほとんどが彼らです。ヴォエヴォドは『造躯』『魔術』に熟達しており、さらに「啓発の道」のいずれかのマスターです。彼らの地位を表すものは、自らの手で殺した最低3人のトレメール・ヴァンパイアの皮膚でできたケープです。

 地位を巡る戦いはめったに起きませんが、もし発生した場合は、対決する者はツロの姿に変じて、肉体的・魔法的な決闘を行います。

古氏族 The Old Clan

 サバト創設時の戦いで、ツィミーシィの長老のほとんどは滅びました。しかし、猛り狂う子らの魔手を逃れた者も少数ながら存在しています。サバトの攻撃から自分の領地を守りきった彼らは、それ以来ずっと同じような暮らしを続けて現在に至っています。

 こうしたツィミーシィたちは「古氏族」(Old Clan Tzimisce)と呼ばれていますが、彼らは派閥や氏族などの一切のしがらみに縛られることなく、自分たちが絶対的な専制君主として人間達の上に君臨した時代を思い出しながら、他のすべてのヴァンパイアを敵視しています。

 古氏族ツィミーシィの社会は、ひとりの父と、彼(彼女)に“血の契り”で縛られた子ら、そして数多くの従僕たちによって構成されています。子らは父にとっての愛人、家族、友、ボディガード、そして召使いとしての位置づけにあります。彼らは“血の契り”によって主人に分かち難く結びつけられており、愛情にも似た感情を持って仕えています。

 古氏族ツィミーシィたちが集まることはめったにないことですが、現代になってからは、迫り来るサバトやカマリリャなどの数々の脅威に対抗するため、「オラデア同盟」と呼ばれるゆるい協議団体を結成しました。

 古氏族たちはかつての裏切りを忘れたわけではありません。彼らの主張によると、造反した子らとその末裔たちは、いずれも「魂喰らい」(Souleater)と呼ばれる異界の邪悪な存在に意識と肉体を乗っ取られており、その顕現が『造躯』なのだということです。そのためか、古氏族たちはいずれも『造躯』を持っていません。

 古氏族に属する子らは、ヴァウルデリが効かないため、“血の契り”を断ち切ることができないとサバトの間では噂されています。彼らが秘密裏にサバトの枢要部に浸透しているという胡乱な噂もあり、サバト幹部たちはそのことにぴりぴりしているということです。


多様なる哲学

Ascend to Higher Being

 ツィミーシィは創始以来学究的な氏族として名をはせてきました。彼らの究極のテーマは、ヴァンパイア存在とは何であるのか?ということです。この命題を解決するために、彼らは無数の科学者、錬金術師、歴史家、形而上学者を輩出してきたのです。しかし、彼らはただ思索にふけるだけの学者ではありません。彼らは沈思よりも実験を重んじ、この世界、特に人間の世界そのものが、自分の研究室であると見なしています。

 人間めいた観点を超越するために、ツィミーシィはいくつもの「啓発の道」を開発してきました。また、サバトの諸儀式のほとんどを作り上げたのもこの氏族です。それらの目的は、ヴァンパイアとしての立場の確立、人間的な習慣からの脱却、ヴァンパイアたることの理解、といったものです。ラソンブラの中には、こうした儀式のしぐさには、何か余人には計り知れない暗い意味(悪しき存在の崇拝など)があるのだと噂している者もいますが、もちろんツィミーシィはこれを否定しています。

 以下はツィミーシィの中でよく知られている研究姿勢です。

変転主義者 Metamorphosists

 多くのサバト・ツィミーシィはこの変転主義者です。彼らは人間性とはヴァンピリズム(ヴァンパイアたること)の前段階であり、ヴァンピリズムこそ新たな高次の存在への転換であるのだと考えています。ツィミーシィは『造躯』の力を用いて、自らの限界を高めることが可能であり、やがては神にも等しき存在となることができます。あとはその方法を具体的に模索すればよいのです。

 変転主義者の多くは科学的研究に没頭しており、人間やヴァンパイアに対して口にするのも恐ろしいような実験を多々行います。生命について研究することで、不死の生について理解しようとしているのです。そして不死の生を理解すれば、それを超越する方法もわかるはずです。

 変転主義者は、同じように存在の昇華を目指すメイジと手を組むこともあります。もともと始祖ツィミーシィは〈抱擁〉以前にはメイジだったと伝えられているため、その末裔たちは本能的に“昇華”を目指しているのだといいます。

新封建主義者 Neofeudalists

 新封建主義者の運動は、年老いた昔気質のツィミーシィの間で人気があります。東欧を支配した黄金時代を想起する彼らは、人間を再び支配して、古き統治を復活させようとしています。新封建主義者から見れば、ヴァンパイアはおおっぴらに世界を支配すべきであり、人間は被支配階級に落ちるべきなのです。最近の新封建主義者の活動の成果には、ワルシャワ条約機構の解消、ソ連崩壊、ユーゴやチェコスロヴァキアの解体などが挙げられます。彼らは祖先の地の奪回に向けて精力的に働いています。

 新封建主義者の中には、人里離れた場所に孤立した領地を維持している者もいます。スラチトやレヴナント、子たちの衛兵に守られながら、人間をさらって自分の嗜好を満たしているのです。一方、他のサバトたちは彼らのサバトへの忠誠心に疑問を抱いています。彼らの活動はかつての長老たちの姿を想起させるからです。

再帰主義者 Reclaimationists

 「カインの道」(Path of Caine)の推進者である再帰主義者は、最も直接的に“神化”を模索しています。彼らは同族喰らいによって、ヴァンパイアは進化の階梯を昇ることができ、強大なヴァンパイアの血を飲めば飲むほど、高次の存在に近づくのだと信じています。再帰主義者にとって同族喰らいは単なる欲求ではなく、種族としての義務なのです。彼らはその価値なき者から“カインの遺産”を取り戻しているのです。

 再帰主義者は積極的にジハドに参加し、その血に値せぬ者と見れば、どんなヴァンパイアでも(同胞も含めて)ターゲットにします。口に出しては言いませんが、彼らはジハドの最終的な勝利者、最後の生き残りが、カインそのひとの血を受け継ぐことになるのだと信じています。この新たな神の子こそが、再帰主義者の教義に従って世界を賢明な形で復活させる存在なのです。

 再帰主義者は、サバトの〈戦の宴〉に積極的に参加し、人間を虐殺することで知られています。普通の獲物を減らせば、必然的に捕食者の間で「適者生存」を巡る戦いが起こるからです。再帰主義者が〈抱擁〉を行うことはまれで、ほとんど常にツロの姿を採っています。彼らは他のツィミーシィからですら冷酷で怪物的だと見られています。

分離主義者 Diversifists

 分離主義者は、アンテデルヴィアンの血を引くすべてのヴァンパイアは遺伝的に汚染されており、その汚れた血統から離れることで、アンテデルヴィアンのくびきを断ち切ることができるのだと考えています。この理由から、分離主義者は同氏族、ラソンブラ、そしてケイティフ(他の氏族はすべてアンテデルヴィアンの駒にすぎません)としか手を組みません。分離主義者は新たな自己表現(新たな訓え、新たな血脈)を開拓しています。自ら新たな道を切り開かねば、カインの近視眼によって生まれ、究極的には自滅を惹起するような状態から進化することはできないのです。

 分離主義者は、ツィミーシィの中で最も活発な研究者です。強力な者はいくつか新たなディシプリンを発明しており、サバト内の新たな血脈の多くが彼らの作業から生まれたのです。もちろんそうした作業には大量の実験台と実験の繰り返しが必要ですが。

脱吸血主義者 Exsanguinists

 変転主義者の亜流である脱吸血主義者派は、“生命”からかけ離れた血こそがヴァンパイアを低位存在に閉じこめている檻だと見なしています。彼らは、究極的には、ヴァンパイアは他の生き物を支配しているような、原始的な生物反応系から脱却しなければならないと説いています。血の必要を拒絶することで、ヴァンパイアは純粋に意志のみで動く存在に昇華することができるのです。

 脱吸血主義カルトの信奉者は、瞑想と断食を組み合わせた秘教的な儀式を実践しています。脱吸血主義者は自分をサバトの先駆けたる存在だと見なし、常に飢えた状態を維持し続けています。ただ、いまだ超越に成功した脱吸血主義者はいないようで、他のツィミーシィたちのほとんどは、脱吸血主義者を快楽をあえて拒絶する滑稽な道化だと見ています。


肉体整形

Most Beautiful, Most Ugly

 ツィミーシィは、人間存在を研究する上で、人間の姿というものに強い関心を持っています。彼らは必要に応じて自分の姿を自由に変化させます。時にはヴァンパイアの意志とは独立して勝手に肉体が変化してしまうこともあるようです。長い歳月の間に、ツィミーシィの多くは、自分の生前の姿を忘れてしまっています。

 多くのサバト・ツィミーシィは、さまざまな非人間的な姿に変身することを楽しんでいます。骨格を伸ばしたり変形させたり、指に爪を生やしたり、くねくねとした姿に変身したりすることで、自分が人間に優越した存在であることを実感するわけです。

 若いツィミーシィはこうした肉体変形を様式化しています。特定のタイプの変形を仲間内で共通して獲得することで、彼らは自分の一味や忠誠対象、殺害した敵の数や種類などを表したりするわけです。

 さらに、氏族内で相当の地位を得たツィミーシィは、ある怪物めいた姿に変身できることで知られています。これは「ツロ」(zulo)と呼ばれる姿で、黒光りするキチン質に覆われた戦闘用の巨大な形態です。この姿になることで、ツィミーシィはワーウルフに匹敵するほどの肉体能力を獲得できるのです。


苦痛の達人

Excellent Torturer

 ツィミーシィは、苦痛をもたらすすべに長けており、それが彼らの悪名の主因のひとつでもあります。

 ツィミーシィは拷問術を研究・熟達しており、多くの者がサバトの拷問吏として一晩中活動しています。この所業ゆえに彼らは非常に怖れられており、おそれおののいたカマリリャの血族たちから“悪鬼”のあだ名を奉られているわけです。

 ツィミーシィは、(反トレアドールのような)芸術家ではなく科学者であり、拷問に喜びは覚えるものの、それ以上に大いなる目的のために苦痛を与えます。緻密に苦痛(肉体的、精神的、感情的な)を研究考察することで、苦痛や拷問の限界を見極め、ゲヘナの夜にアンテデルヴィアンがもたらす苦しみを耐え抜こうとしているのです。このため、人間や他のヴァンパイアがどう見ようと、ツィミーシィの拷問とは、仮説が立てられ、特殊な状況を設定し、特定の方法を試す実験の場です。

 ツィミーシィの中にはマゾヒズムに没頭している者もいます。彼らは犠牲者と同じくらいの苦痛を自分自身にも与えます。ヴァンパイアの体がどのくらいまで耐え得るのかということを見極めることによって、その限界を超克するのが彼らの目的です。何週間・何ヶ月も恐ろしい自作の拷問器具に吊り下がったままでいるツィミーシィもいるくらいです。


おぞましき傀儡たち

Servants Horror

血の契り

 伝説によれば、“血の契り”を最初に編み出したのは始祖ツィミーシィだと言われています。そのためか、ツィミーシィは最も頻繁に“血の契り”を用いる氏族として古来より有名でした。また、最初に大規模な“血の契り”破り(大叛乱の端緒)を行ったのもツィミーシィです。

 そのためでしょう。ツィミーシィは他の氏族よりもはるかに高度な“血の契り”支配を施すことが可能な儀式を開発していると言われています。彼らの“血の契り”に捕らえられた者は、特定の感情(偏愛、慕情、性的欲望、忠誠心、敬愛など)を惹起させられます。時には、誰かに向けてこらえようのない憎悪を呼び起こされたりもします。さらに、ツィミーシィはヴァンパイア以外の存在とも“血の契り”を結んで、その感情をコントロールすることもあるのです。

レヴナント

 血筋自体にグール因子が埋め込まれ、代々グールとして生まれてくる特殊な種族「レヴナント」を創り出したのはツィミーシィ氏族です。彼らは超自然的な特徴も世襲し、ヴァンパイア氏族と同じように特徴ごとにファミリーを作っています。かつては、このファミリーはかなりの数があったのですが、長年に渡る他のヴァンパイアとの抗争、人間による魔女狩り、そして近親交配による衰滅によって、現代では以下の四つのファミリーしか残っていません。彼らの共通点は、ツィミーシィに忠誠を誓っているという一点だけで、お互いにいがみ合っています。

 レヴナントはすでに時代遅れの存在になっています。彼らはあまりに人間離れしてしまったため、特にグリマルディ以外のファミリーは、人間社会に姿を現すことすら困難です。また、そのおぞましい生活習慣も、現代社会で隠蔽するのは難しくなっています。特にカマリリャの支配下にあるメディアは、常にサバトの活動を監視しているため、目立った行動は危険なのです。それに彼らの戦闘能力はネオネイトにさえ劣ります。こういった理由から、サバトの他の氏族はレヴナントの存続自体に疑義を呈しています。

 それでも、ツィミーシィは今すぐこの“ペット”たちを安楽死させてしまう気はありません。なんにせよレヴナントは、グールと同様に昼行性ですから、カマリリャやワーウルフから隠れる場所や逃げる先を提供させるには便利な道具だからです。ツィミーシィの幼童の中には、レヴナント・ファミリー出身の者も少なくありません。

グール

 サバト全体ではグールという存在は蔑視されていますが、ツィミーシィは例外です。この氏族はグールをさまざまな用途に用い、『造躯』を用いることで役目に応じた形に変形させています。この分野でツィミーシィは見るに耐えないような創造性を発揮していることで有名です。極端な例では、定期的に血を与えて生かしておく“生きた”家具や装飾まで作っています(生きた皮膚のカーテン、筋肉や臓器でできた壁、肉や骨であしらった庭園、粘土のように肉を使った彫像などなど)。

 ツィミーシィのグールは悲惨な存在です。彼らはほとんどが変形されており、“血の契り”でつながれ、主人の目的を果たす以外の行いは許されない体にされています。また、ちょっとした失敗や誤解だけでも殺されたり、ひどい拷問を受けたりします。唯一救いなのは、彼らの多くは境遇の悲惨さを理解できるほどの能力をロボトミー手術によって除去されてしまっているということです。ツィミーシィは新たな従僕をめちゃめちゃに変形させることで、もはや逃げても無駄な状態にしてしまうことで知られています。こうしたグールが逃げ出した姿が、各地の怪物伝説に一役かっていると言われています。

スラチト Szlachta

 ボディガードや兵士、斥候として用いられるグール。ツィミーシィは、上位のグールということで“郷士”を意味する「スラチト」という名で彼らを呼びますが、決してヴァンパイアと同格というわけではありません。スラチトは戦闘用グールであり、その目的のためであれば人間だろうと動物だろうとスラチトにされます。

 スラチトは『造躯』によって戦闘能力を高められています。骨は外骨格にされてトゲや鎧のようにまとわされ、不必要な皮膚や毛は除去されています。相貌は敵を怖れされるために非常に恐ろしいものになっています。その他、主人の趣向に応じてさまざまな姿のスラチトが創り出されています。

 斥候として働くスラチトは、感覚器官を強化・変形させられ、知覚能力を大幅に増幅されています。ただ、こうした微妙な変形は往々にしてグールを狂気に追いやったり、使いものにならなくしたりしてしまいます。

ヴォズド Vozhd

 ヴォズドは現代ではめったに見られない「ウォー・グール」です。かつてこのおぞましい怪物は攻城戦で使用されました。ヴォズドは15体以上のグールを組み合わせて創られた生き物です。材料となるグールたちはお互いの血を飲まされた後、ツィミーシィの一団によって執行される魔術儀式を経て、ひとつの巨大な複合生物に融合されます。こうしてできたヴォズドは、山のように巨大で、いくつもの手足を持つ破壊兵器です。鎧のように甲皮をかぶり、鋭い爪や牙があちこちから生え、その他主人たちの好みに合わせてさまざまな攻撃用の特徴が付与されます。ヴォズドに変身させられたグールたちはもれなく狂気に陥り、それでなくともロボトミー手術によって単なる咆哮する化け物にされてしまいます。

 ヴォズドの『剛力』Potenceと『頑堅』Fortitudeそして〈體血〉は、材料にされたグールのうち最も高いレベルの2倍となります。ヴォズドは儀式の主催者に“血の契り”を結ばされます。彼のみがヴォズドに指令を下せます。また、指令はほんの二言三言でなければヴォズドは理解できません。たいていヴォズドは戦闘前に飢えさせられ、開戦と同時に解放されて敵の血を求めて突進します。

 ヴォズドは現代世界では極めてまれな存在です。創造に多大な時間と材料、労力が必要なものの、強力な火器が存在するこの時代ではあまり実効はあがらないからです。ヴォズドは創造者にとっても危険な存在です。さらに、この巨大な化け物の前では、常日頃は相争っているサバトの敵たちも一致団結しかねないという弊害もあります。そういうわけで、現在、ヴォズドが使われることはまずありません。

inserted by FC2 system