トレアドール

The Passion of a Withered Heart

TOREADOR

 トレアドール。
 数あるヴァンパイアの一族の中でも、最も美しく、最も退廃し、最も不死の人生に真摯な者たちの集まりであるこの氏族は、文字通り「美しき吸血鬼」たちです。その美への執着は何ものにも代え難いものであり、それゆえに彼らは創造力に富んだ人間という種族に最も深く関わってきました。人間の歴史上に燦然と輝く芸術や建築、文学などには、そのほとんどにトレアドールの血族の影からの支援があったのです。

 しかし美を愛するがゆえに堕落という陥穽に落ちるトレアドールも、また少なくありません。その高い感受性は、彼らにとって祝福でもあり同時に呪いでもあるのです。


美しき魔物たちの系譜

The Most Despised and Adored

 トレアドールの起源は、他の一族同様、はっきりしていません。始祖の名はアリケルと伝えられていますが、真の始祖はアリケルの子たる双子のようです。この氏族が最初に人間の歴史に現れたのは、古代アテネでした。彼らはアテネの神々や英雄としてホメロスをはじめとする数々の天才たちの感性を刺激し、豊穣な文化を築き上げました。英雄の時代が過ぎ去った後も、トレアドールはアテネで重要な役割を果たし続けました。この時代、妖精や魔術師たちもその文芸興隆に寄与し、空前絶後の文明が華開いたのです。しかしヴェントルーとラソンブラに操られたスパルタとの度重なる戦争によってアテネは衰微し、やがてマケドニアのブルハーとヴェントルーの侵入によって、トレアドール氏族はギリシアから去り、地中海沿岸からペルシアに至る世界各地に散らばっていきました。

 カルタゴに赴いた者はブルハーと協力して人との共存とゴルコンダへの道を目指しました。しかしヴェントルーとマルカヴィアンに支配されたローマによってカルタゴは陥落し、その夢は壊され、再びトレアドールたちは離散の憂き目を見ました。多くのトレアドールはコンスタンティノープルへと逃れました。その他のトレアドールの中には、ブルハーやツィミーシィ、ラソンブラ、ギャンレルに情報を流してローマの滅亡を画策した者もいたと言われています。

 中世暗黒時代が始まると、トレアドールたちはより文明化された地域へと移住していきました。当時、イスラム圏は社会的にも文化的にも絶頂期にあり、バグダードやカイロ、コルドバといったイスラム国家の都で、トレアドールは文筆家や芸術家として活躍しました。9世紀にシャルルマーニュの帝国で文芸復興が推進されると、ヨーロッパに帰還してそれを助ける者も現れました。ただ不運なことに、教会はラソンブラやカッパドキアン(ジョヴァンニの前身)の手中にあり、世俗の権力もブルーハーやヴェントルーの支配下にありました。トレアドールはどちらかというと芸術面のみでその力を振るったのです。中世後期になると、トレアドールは古典期を見直すことで積極的に新たな芸術を生み出し始めました。これがやがてイタリア・ルネッサンスにつながったのです。

 一方、コンスタンティノープルを首都とするビザンチン帝国では、トレアドールに支援されて豊かな文化が繁栄しました。この千年王国で、この氏族は魔術師たちとの闘争に打ち勝ち、他の氏族たちも多彩な謀略によって排除して、アテネ以来最大の繁栄を誇りました。しかし、10世紀から12世紀にかけてブルハーが帝都で力を強め、トレアドールに拮抗するまでになりました。両氏族の暗闘とそれに巻き込まれた貴族たちの政争によって、ビザンチン帝国は次第に衰退していきました。最終的にブルハーの力を弱体化することに成功はしたものの、残ったのは無惨に衰えた帝国でした。そして、第4回十字軍やトルコの侵入とともに帝国を追われたトレアドールたちはイタリアへ移住し、ヨーロッパの同族たちと合流しました。

 ルネサンスこそが、今のトレアドールが最も鮮明に記憶している絶頂期です。文芸、政治、建築、教育、あらゆる分野にわたって進歩が追求され、トレアドールたちは天才たちのパトロンとしてその繁栄をささえました。彼らは自分たちの展望するビジョンを実現するべく、人間の間に好奇心と勤勉さを育て、数々の偉業へと向かわせることに成功しました。彼らの起こした潮流はやがて市民社会の発生につながり、フランス革命へと結実しました。人間によって起こされたこの革命は、結果的に貴族に依存していた多くのトレアドールを没落させました。トレアドールはこの危機に際して、パリにいたブルハーの革命家たちと臨時に協力し、ナポレオン・ボナパルトのエルバ島脱出に手を貸すなどの対策を講じました。ナポレオンはヴァンパイアたちですら操り切れぬほどの力を持った偉人でした。あてがはずれたブルハーたちが右往左往する中、トレアドールはその機に乗じて、偉大な芸術作品の多くをパリに持ち込むことに成功したのです。

 現在に至るまで、トレアドールは美の創造者・保護者として活動してきました。今日、文化は停滞し、人々は新たな何かを求めてあがいています。新たな「暗黒時代」と呼ぶ者もいます。そして、トレアドールが新たなルネサンスの旗手となれるかどうかは、まだわかりません。


せめて、人間らしく

Kindred nearest Human

 おそらくトレアドールほど人間に近しいヴァンパイアは他にないでしょう。彼らは他の氏族のどれよりも人間を信頼し、そのエネルギーと予測のつかなさ、生き様の美しさに魅せられています。それゆえに、彼らは人間の世界に非常に深く入り込み、人間と接触します。

 トレアドールが人間としての身元や人間の友人を持つことは珍しいことではありません。そうした定命の友は、しばしば血を受けてグールとなり、ヴァンパイアの永遠の伴侶となります。トレアドールはその人間性を愛するため、彼らをヴァンパイアにしてしまうことはあまりないのです。そして、人間の友人から血を吸うことはまずありません。彼らの前で血を吸うことも。貴重な友を失うことは、トレアドールたちには耐えられない苦痛だからです。

 トレアドールは一般に、人間社会の中で人間として暮らすすべに長けており、それを好んで行います。


美とはかくも悩ましきもの

Toreador's Bane

 トレアドールに課せられた「呪い」は、非常に美しいものに出会うと、その美に魅せられて茫然自失してしまうことです。それゆえに彼らは恋多き魔物であり、その恋は時として破滅を招きます。しかしそれでも、彼らは美しいと思えるものを探して止みません。美の追求こそが、トレアドールにとって自分の存在意義だからです。

 トレアドールには、美を自ら生み出す者と、美を見いだす者とがいます。前者は芸術家であり、彫刻家や画家、劇作家や音楽家です。現代ではロックスターなどもいるでしょう。
 後者は芸術家や俳優のパトロン、ディレッタントや鑑定家です。いずれも才能を要する生業であり、トレアドール・氏族ではそうした才能とそれに基づく立派な作品が、尊敬を受ける第一条件となるのです。

 しかしただ容姿が美しいというだけのトレアドールも少なくありません。トレアドールの弱点を考えれば無理からぬことかもしれませんが、そうした者たちは、氏族の中で決して尊敬されることはありません。


死せるものの宴

Dead Can Dance

 トレアドールはパーティーを開くことが好きな一族でもあります。どんな形であれ自らを芸術家と思っている彼らは、現代のトレンドを話し合ったり、自分の新作を発表する場を常に求めているからです。こうした集会の場では、弁舌や作品によってどれだけ相手に印象を与えるかが、氏族内での評価に直接つながります。いわば、パーティーはトレアドールの戦場ともいうべき場所なのです。ですから、パーティーではさまざまなドラマが生まれます。新たな恋、新人芸術家の奪い合い、長老たちの陰謀劇……。

 政治的に見ると、公式の集会よりも、こうした私的集会のほうで重大な決定がなされることが多いようです。その意味でも、パーティーは非常に重要な行事といえるでしょう。

探求の旅

 美の探求はトレアドールの究極目標ですが、自らの修練を積むため、氏族内でより高みを目指すために、彼らは世界各地を巡り、さまざまな体験をします。トレアドールは最もよく見聞の旅をする氏族といえます(点々とするだけならブルージャーにかないませんが)。


悲しき情熱の残滓

Burnout

 トレアドールは人間に接し、人間とともに生きようとするヴァンパイアたちですが、そんな彼らでも人の血をすすり、永劫に生き続ける宿命がもたらす狂気から完全に自由なわけではありません。人間らしさの追求と、自分の忌まわしい所業とのギャップは、強靱な精神を持った人物さえも変貌させてしまうほどの苦悩なのです。そうした苦悩に敗れ、冷酷な化け物に近づいてしまった同族のことを、トレアドールは悲哀と怒りをこめて「バーンアウト」(燃え尽きた者)と呼びます。

 バーンアウトは、もはや定命の者に、人間性の輝きではなく、移ろいやすい表面の美しさだけしか見なくなります。彼らにとって人間とは、一時の気まぐれを癒し、やがては血の飢えを癒す家畜以上のものではなくなってしまいます。彼らはサディズムや退廃美に走り、それはトレアドール全体の評判に色濃い影を落としています。

 そして、トレアドールの暗黒面ともいうべき、退廃と背徳は、主にバーンアウトたちによって形成されています。それはポルノ産業、売春、人身売買、ギャンブル、闇取引、狂信集団などさまざまな形ではびこっています。売春斡旋、密輸の斡旋業、幼児・臓器売買、盗品の取引、唾棄すべき悪徳の数々のほとんどには、堕落したトレアドールが関わっているようです。権力の亡者となった者の中には、カルト教団を率いて社会の転覆をたくらむ者すらいます。

 こうしてみると、たとえトレアドールがいかに人に近いといっても、やはり闇の魔物であることには変わりがないのかもしれません。

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