ラヴノス

Pride and Prejudice

RAVNOS

 ジプシー、流浪の民、詐欺師、泥棒、裏切り者…過去数千年にわたり、ありとあらゆる罵声がラヴノスに向けて放たれてきました。彼らは夜を彷徨し、ひとつところに留まることなく、この世で最も危険なゲーム、すなわち、嘘と惑わしの達人である同族たちをさらに惑わせるという綱渡りを続けています。

 はるか東洋の地から西の果てに至るまで、ラヴノスの一族はその飄々として不可思議な振る舞いで、多くのプリンスや長老たちの心胆を寒からしめてきました。それは同時に、彼らに対する仮借のない弾圧をも招いてきました。幾多の苦難を乗り越えながら、ラヴノスたちは今もワゴンを引き、馬に乗って荒野を疾駆し、集落で手品を披露し、そして定住者たちの血を求めています。

 このつかみどころ無き放浪者たちの姿を瞥見することにしましょう。


流浪の伝承

Caine's Most Faveored Son

 「第一の街」が衰退すると、都を出た者たちの中には、荒野での流浪生活を選んだ民もいました。やがて彼らは川が支流に枝分かれするように、いくつもの集団に分かれていきました。この中のひとつが、後にラヴノスと呼ばれるようになるロマ(ジプシー)の一族ポワラ族でした。彼らは「サラスの子ら」すなわち後にワーウルフのサイレント・ストライダー部族となる人狼たちとともに放浪生活を送りました。ポワラ族に重大な転機が訪れたのは、チュルカというバロ(一族の長)の時代でした。

 当時、ポワラ族の有力者としては、チュルカの他にチュルカの弟であるプジンカという男がいました。彼はポワラ族と行動を共にするサラスの子らの長でもありました。チュルカとプジンカは静と動に譬えられるような対称的な性格を持っていましたが、協力してクンパニア(仲間、一族)を統率していました。

 ある晩、野営しているポワラ族のもとに、ひとりの蒼白い肌を持つ異邦人がやってきました。彼は不思議な威厳を発しており、ポワラ族を驚かせました。プジンカはこの男を魔物だと看破して、追い払おうとしましたが、チュルカの末娘であるラエチは進んで彼の手をとり、野営の焚き火へと導いたのです。

 彼の名前はカインといいました。カインは「最初の都」の滅亡の話を語り、その悲劇に心打たれたチュルカは、自分たちと同行することを彼に許しました。プジンカはこれに不満でしたが、兄の決定に不承不承従いました。やがて、カインが「シルムロ」すなわち生ける死者であることが明らかになりましたが、チュルカは彼を追い払うことはしませんでした。
 カインはその知恵と力によってポワラ族の中で声望を高めました。その中でも最も彼を慕い、またその才能ゆえにカインも愛した者が、チュルカの長男であるラヴノスでした。ラヴノスはカインから数多くのことを学び、シルムロの不死や力についても教えられました。

 しかしポワラ族に凶運が襲いました。ある夜、クンパニアが定住者の集落近くで野営していたとき、ラヴノスは遠くからの悲鳴を聞きつけました。チュルカと数人の者たちが帰ってこないことに気づいた彼は、数人のロマを率いて父を捜しに出かけました。そこで遭遇したのは、シルムロの群れと無惨に殺され血を吸われたチュルカたちの姿だったのです。嘲笑する魔物たちを前にして、悲憤にくれたラヴノスは、ロマの呪詛を父親を殺した者に対して放ちました。その力に怖れおののいたシルムロたちは逃げ去りました。ラヴノスは、チュルカの死骸を抱いて野営地に戻り、カインの天幕に向かいました。

 一目見てカインは何が起こったのかを悟りました。しかしチュルカの死骸はもうカインの永遠の不死の力をもってしても復活させることはできないほど冷たくなっていました。燃えるような目をじっと自分に向けるラヴノスを見て、カインは彼の強い意志を感じ取りました。二人は言葉もなく抱き合い、〈抱擁〉はなされたのです。

 天幕から出たラヴノスを待っていたのはプジンカでした。甥がシルムロと化したことを知った彼は、抑えきれない怒りとともにその姿を獣のそれに変えると、獰猛な牙と爪でラヴノスを引き裂こうとしました。瞬間、カインが二人の間に割って入り、襲いかかるプジンカをすさまじい膂力で投げ飛ばしました。怒り狂ったプジンカは、カインに向かって突進しました。ラヴノスはいまだ転変の苦悶の中にあり、“父”を手助けすることはできませんでした。

 二人を止めたのは、まだ少女にすぎなかったラエチでした。彼女は自分が見た予知夢を三人に語りました。それは、怖ろしい魔人がポワラ族を一人残らず滅ぼす幻視でした。カインはポワラ族を滅亡から救うために、力ある血をもたらすべく到来した者であるとラエチは告げました。そして、ラヴノスは選ばれし者としてカインの血を受け、新たな一族を率いてロマたちを他のシルムロから守る使命を負っている、さもなくばロマは定住者たち同様に、魔物たちの下僕と化すだろう、と。

 ラエチはプジンカに懇願しました。血を受けたとはいえ我らは皆ロマであり、やはりあなたはラヴノスの叔父であり、そして私もまたラヴノスの妹である、だから爪を収めてくれ、と。
 プジンカはラエチの熱心さに打たれ、退きました。しかしその怒りはおさまらず、カインに呪いの言葉を浴びせると、サラスの子らを集めてポワラ族の野営地から去ったのです。かくして、プジンカとラヴノスはたもとを分かちました。これと同時にポワラ族も消え、新たにラヴノスの一族と、プジンカの一族(ルピノス族)が生まれました。血がつながってはいるものの、ルピノスたちの怒りはあまりに大きく、今に至るまで両族が手をとりあうことはできていません。

 残ったロマたちはラヴノスをバロにあおぎました。ラヴノスはカインに同行を求めましたが、彼はそれを肯んじませんでした。ラエチの予知を知ったカインは、自分の運命が彼らと共に歩むことにないことを悟っていたのです。カインはラヴノスに自分の知る知識と力を教えました。それは動物をならし、追っ手から身を隠す技でした。しかし、ラヴノスの一族が得た最大の奥義である『幻術』Chimerstryは、カインすら知らぬ力でした。これは予言者ラエチからもたらされたものだったのです。

 カインが去ると、若きバロとその一族は、再び終わり無き放浪を始めました。そして現在まで続くラヴノス氏族の歴史が幕を開けたのです。


誇りと嘲り

Routes of Suffering

 ラヴノスは、有史以来常に定住民の隣人であり続けてきました。定住民たちは石の壁を建てて彼らを拒みましたが、そういう無駄な努力を嘲弄しながらラヴノスたちは財宝をおのがものとし、定住民の使う奴隷たちから血をすすり、詐術でもって操ってきたのです。死者が起きあがるという終末の夜が来ても、彼らは定住民どもを墓場に置き去りにして、哄笑とともに去ることでしょう。

古代

 ラヴノスの故地は、インダス川流域をはじめとするインド亜大陸です。モヘンジョ・ダロと後世名付けられた都市の近くに住んでいた彼らは、原住民であるドラヴィダ族とともにアーリア人たち(と他の血族たち)によってそこを追われました。このときからラヴノスは他の血族たちに復讐を誓ったのです。

 一方、サイレント・ストライダー部族(サラスの子ら)の狼憑きがセトの一味と戦ったとき、ラヴノスの眷属もそこへ赴き共に戦いました。しかし、彼らの力をもってしてもこの強大なアンテデルヴィアンを滅ぼすまでには至りませんでした。そして、サイレント・ストライダーたちがエジプトを脱出する際も、ラヴノスは彼らが暗黒神の手勢に捕まらぬよういろいろと手を打ちました。このとき殿をつとめて帰らなかった者たちの運命については何も伝わっていません。

 紀元前420年、一万人のジプシーたちがペルシアへと連れて行かれました。この中にはラヴノスも含まれていました。この事件以後、その理由はわかっていませんが、ラヴノスたちは大挙して東や南へ流出するようになりました。一説によれば、アサマイト氏族との血塗られた遭遇が彼らをしてこの行動に駆り立てたのだと言われています。いずれにせよ、ラヴノスは旧大陸のほとんどに住むようになっていきました。

中世

 中世に入る頃には、ジェオルジオ(定住民出身)のラヴノスがあちこちで闇市場のネットワークを作り上げて、盛んに交易を行うようになっていました。ラヴノスはヨーロッパと謎に包まれていた東洋との間に交易ルートを造って、異国からヨーロッパにエキゾチックな品々を運んで利益をあげました。

 地中海沿岸では、ラヴノスは都市の中に拠点を作って、セト人と争いながら裏の世界に手を伸ばしていました。この二つの氏族の争いは、バグダッドやアレキサンドリア、コンスタンティノープルの夜の闇にまぎれて熾烈に戦われました。

 東欧では、ラヴノスは忌まわしいツィミーシィの領土へ浸透していきました。ヴォエヴォド(ツィミーシィの君主)たちはジプシー・ヴァンパイアたちの流入を止めるために、奴隷たちを使って攻撃を始めました。この混沌とした戦いの中で、ラヴノスはツィミーシィたちの貴重な宝をかすめ取ったり、彼らの奴隷をきりきりまいさせたりして、ヴォエヴォドたちをいらだたせました。

 十字軍が始まると、ラヴノスはその到来を歓迎しました。根本の信仰は変えなかったものの、彼らはキリスト教を受け入れました。セト人とアサマイトが餓狼のごとく十字軍と戦うのを横目に見ながら、ラヴノスはいつもどおりの仕事をこなし、戦争にかまけるセト人たちから市場を奪っていきました。

全盛期

 ルネサンス期には、ジプシーは西ヨーロッパ中どこででも見かけられるようになっていました。その異国風の服装と謎めいた能力がうけて、ロマの大道芸人たちはいろいろな祭典でもてはやされるようになりました。当然、彼らジプシー・サーカスに混じってラヴノスたちも各地を渡り歩きました。

 この時代、史上初めてラヴノスは他の血族たちの宮廷に入ることを許されました。プリンスの宮廷の道化師として多くのラヴノスが伺候し、そこで驚くべき幻術と当意即妙の機転で名声を博したのです。ガジェたちは依然としてラヴノスの奇妙な立ち振る舞いや服装を蔑視していましたが、そんな彼らをあざ笑うかのように、ラヴノスたちは芸や盗みの技で大君主たちから金銭をかすめとっていきました。

 とはいえ、城の外の世間の風はやはりラヴノスには冷たいものでした。利より害をなすということで、祭などの特別な時以外にはロマたちは村落から放逐されました。ラヴノスが一般の法をものともしないことから、犯罪者としての悪名も高まるばかりだったのです。東欧では、ジェオルジオのラヴノスたちが、血族、ガジェ、そしてロマにまでさまざまな厄介事をもたらしていました。ユダヤ人地区に住み着いた者たちは、カバラ神秘学に通じて、虐げられている者たちを影ながら助ける役目を自らに課していました。

新大陸

 ラヴノスにとって、新天地の探検は魅力にあふれた運動でした。新大陸に植民地ができはじめると、ラヴノスたちは大挙してこの新しい土地へと移っていきました。彼らの多くは、世間の法に触れて逃亡中のジェオルジオたちでした。そのため、アメリカに住むラヴノスの多くが今でも無法者や殺人者と見なされているのです。

 ラヴノスにとって予想外だったのは、新大陸にはすでにギャンレル氏族が根を下ろしており、さらにネイティブ・アメリカンのワーウルフたちと同盟していたということでした。ラヴノスは人狼による大虐殺を生き延びるために全力を尽くさなければなりませんでした。得意の詐術と幻術でカマリリャ・サバト・ワーウルフの三勢力が三つ巴の争いに突入させることで、ようやくこの氏族は全滅を避けることができたのです。この頃、アパラチア山脈を越えて未踏の領域へあえて入っていったラヴノスも少なくありませんでした。

 西部へ向かったラヴノスが遭遇したのは、自分たちに似た能力を持つシルムロを要したネイティブ部族でした。彼らは遙かな遠方から到来したという始祖伝説を持ち、ワタリガラスとコヨーテをトーテムとしていました。ラヴノスたちはこのシルムロたちを「ラヴノス・ネフェ」(新たなラヴノス)と呼び、一部の者は彼らと同盟を結んで東から迫るガジェの植民者たちとのレジスタンス活動に向かいました。ラヴノス・ネフェ血脈は、ガジェによってこのネイティブ部族が根絶やしにされたときに絶えたとされていますが、今でも彼らが生き残っているという話は伝えられています。

 アメリカ独立戦争の頃には、アメリカの大きな都市はすべて血族に支配されていました。ラヴノスはそうした場所を注意深く避けていました。彼らは政府に忠誠を誓うこともなく、ガジェの慣習に一切従うつもりもありませんでした。独立は成りましたが、それはラヴノスにとって祝うべきことではありませんでした。英国の支配下では少なくともロマは無視されていたからです。新政府が精力的に打ち出した同化政策は迷惑以外のなにものでもありませんでした。

 それでも、ラヴノスは次第にアメリカでの暮らしに慣れていきました。新旧世界を行ったり来たりしてヨーロッパのロマたちと連絡をとり続ける者もいましたが、昔の絆を失ってしまった一族も少なくありませんでした。

第二次世界大戦

 ナチスの運動が活発化した当初、ラヴノスやロマたちは兵士たちも金銭や貴重品をまきあげるカモとして歓迎していました。しかし、食料が配給制になるとロマの多くが飢え死にしていきました。ラヴノスは闇市場で食料を仕入れてこの窮地をしのごうとしましたが、そのことがジプシーを犯罪者だとする世間の目をいっそう厳しくしてしまいました。

 ユダヤ人や同性愛者が失踪を遂げる中、ラヴノスたちはクンパニアの中にふっつりと消息を絶ってしまうものがあるとか、カマリリャの幹部、特にトレメールがナチスに関与しているとかいう不穏な噂を聞くようになりました。やがて強制収容所でジプシーが大量虐殺されるようになったことで、ラヴノスの最悪の危惧が現実のものとなったのです。ナチスはロマの絶滅を画策していました。これに便乗したトレメールたちも、過去数千年のジプシー・ヴァンパイアたちの悪行に終止符を打つべく暗躍したのです。カマリリャはついに最後の清算をラヴノスに迫りました。

 このことがわかると、ラヴノス氏族は方針を巡って分裂しました。多くの者はヨーロッパに留まることは滅亡を速めるだけだと考え、北アフリカやアメリカへと脱出していきました。別のグループは、ナチスの弾圧を免れるために自発的な休眠に入ることを選びました。

 その他のラヴノスたちはまだあきらめませんでした。彼らはレジスタンス組織から武器と情報を提供してもらい、ナチスを倒す闘争へと向かったのです。ラヴノスの参加はレジスタンス活動に莫大な成果をもたらしました。何千年もの間ガジェたちの間を巧妙にくぐり抜けることを生きるすべとしてきたラヴノスにとって、秘密裏に敵地へ潜り込み、壊滅的な被害を与えることなど朝飯前だったからです。彼らの戦果は侵略者たちの侵攻を大幅に遅滞させました。しかし、ナチス軍団はあまりにも巨大で、ラヴノスはあまりにも少なすぎました。

 そうした激しい運動を嫌って、昔ながらの生活を送ろうとしたラヴノスもいました。悲惨なことに、彼らはラヴノス氏族が過去受けてきた犯罪者としての指弾を一身に受けることになり、ナチスによって虐殺されました。

 絶滅の危機に瀕したラヴノスの中の一派は、有志をつのって悪の温床である強制収容所を襲撃する作戦に出ました。突入した彼らが見たのは信じられない光景でした。そこでは、ヨーロッパのヴァンパイアたちの多く…高貴であるはずのアンコニュまで…が、囚人たちを思うがままに喰らい、自らの実験の材料にしていたのです。多勢に無勢となったラヴノスたちは、アウシュヴィッツ、ベルゼン、トレブリンカ、ポナリといった各所の収容所で敗北を喫し、終戦までこうした悪名高い牢獄を壊すことはできませんでした。

 さらに屈辱的なことに、こうしたヴァンパイアたちの中には、他のジェオルジオやフラルムロまでが加わって、同胞であるはずのロマを喰らっていたのです。彼らのこの不用意な行動が、当時収容所内で数多くの伝染病にかかっていたロマたちからラヴノスに病気が伝染するきっかけとなりました。加えて、彼らの所業によってラヴノス氏族全体が糾弾を受けました。現在でも、多くの血族は、強制収容所を血の饗宴の舞台にしたのはラヴノスだと信じています。

 戦争が終わると、ラヴノスたちはかつての暮らしを取り戻すか、あるいは新たな暮らしを始めていきました。氏族は戦禍によってばらばらになり、ラヴノスの血は衰弱しました。戦直後の数ヶ月間で、カマリリャに強い憎悪を抱いていた数多くのラヴノスたちは、サバトに入っていきました。彼らはサバトに入ったことで完全に氏族と切れてしまいました。

 第二次世界大戦は、ラヴノスの歴史上最悪の影響をもたらした事件だったのです。

情報化時代

 情報管理と通信の高速化が進む現代、世間から隠れ続けることは至難の業となっています。偵察衛星や株式管理システム、世界規模の通信網などの発達によって、ラヴノスが神出鬼没にガジェの世界と関わるのはもはや昔の方法では不可能ともいえるでしょう。司直の手は驚くほど早く無法者の居場所まで伸びてくるようになりました。

 しかし一方で、同じテクノロジーは偽装や虚偽を作り上げるのにも役に立つのです。ヴェントルーのデータベースですらも、熟練したハッカーが入れば思いの外簡単に閲覧することが可能です。過去、一級の密偵や闇業者として活躍してきたラヴノスは、今日の世界にあって情報収集や偽造などのハイテク犯罪の専門家になりつつあります。

 今日でも、ラヴノスがかなり自由に闊歩できる広範な地域は残っており、ガジェの都市をまったく無視しつつ、多くのクンパニアが神秘と幻のヴェールに包まれて昔ながらの生活を送っています。こうしたラヴノスたちは、東欧や北アフリカ、アメリカの片田舎などといった、テクノロジーがあまり普及していないような地域に住み着いているのです。


放浪者の慣わし

Vaganbonds' Traditions

 ラヴノス氏族について最も不可解なのは、その習慣であることは論を待ちません。ガジェ(定住民、ロマ以外の者)たちにとって、彼らの行動は矛盾した支離滅裂なものに見えます。

 ラヴノスは実のところ、ヴァンパイアとより多数の人間のジプシーたちとの混成ファミリーです。また、ラヴノス氏族は他の血族たちからまとめて「ジプシー」と呼ばれていますが、実際には大きく三つに分裂しています。ロマ生まれの「フラルムロ」、ガジェ出身の「ジェオルジオ」、そして氏族に反しサバトに入った「反ラヴノス」です。ここでは前二者について概説します。

フラルムロ Phralmulo

 ロマ生まれのラヴノスのことをこう呼びます。クンパニアの中で流浪生活をして育ち、ロマの豊穣な文化と伝統を受け継いだ者たちです。いくつかの部族にさらに細分化されており、協同して事にあたることもしばしばです。〈抱擁〉を受けた後も、フラルムロのラヴノスは同族の人間たちに背を向けることはありません。つまり、生前も死後も変わらず彼らは一族のためにはたらくわけです。

 代表的な下位部族には以下のものがあります。

ジェオルジオ Georgio

 ロマの文化を受け継がずにラヴノス・ヴァンパイアとして〈抱擁〉された者を指します。ガジェたちから選ばれたジェオルジオたちは、ラヴノス氏族の汚点であり、また、他の血族にとってはならず者以外の何ものでもありません。彼らはそのほとんどが新大陸生まれです。

 彼らは、他のラヴノスたちのような名誉規範や掟、伝統や風習といったものを一切持ち合わせていません。歴史上でも、ジェオルジオがまともな部族として認められたことはほんの数えるほどしかないのです。

 他の血族がラヴノスの裏切りや盗み、数々の不品行について語るとき、そのほとんどは実のところジェオルジオの所業のことを言っています。ロマの文化を受け継がなかった彼らは、その血に秘められた弱点に容易に屈してしまい、それが何を意味するのか知りません。中には、誤って「クンパーニィ」と呼ぶ集団を作り、ギャング化して暴れ回っている者もいるのです。

 第二次大戦後の時期、アメリカのジェオルジオは叛徒としてまとまり、カマリリャに攻撃をしかけました。彼らのもたらした災禍は長老たちを恐怖と激怒に駆り立て、結果的にフラルムロたちの生活を危うくする結果を招きました。その後も、叛徒のジェオルジオたちは策謀を巡らして都市に混乱を引き起こすことがしばしばです。
 60年代末に、アメリカのジェオルジオたちは時代の潮流に乗ってベトナム戦争に反対する「アメリカン・ジプシー」としてひとつの運動を展開しました。ヒッピーやビートニックたちの間に、ラヴノスの血が広がっていったのです。現在も、米国のラヴノスのほとんどは、この時代の申し子たちの流れを汲んでいます。

パツィーヴ Patshiva

 道で出逢ったラヴノスたちは、そこで歌や踊り、体験談をまじえた素敵なパーティーを開きます。これによってラヴノス同士の絆は深められてきました。これを「パツィーヴ」と呼びます。

 パツィーヴには数夜も続けられるものがありますが、宴の長さはラヴノスの好意の深さとその場で使える資金の量によって決まります。パツィーヴにはいつもの数倍もの犯罪がつきもので、パツィーヴが行われた都市は、ラヴノスが必要な“材料”を集めるために活動する過程で、異常な大混乱に陥れられることになります。スーパーマーケット、血液銀行や各種商店は大変な被害をこうむることになります。ラヴノスが娼館やアートギャラリー、病院などで宴会を開くことも珍しくありません。

 パツィーヴはラヴノスにとって事実上の氏族集会に相当する集まりです。集まったラヴノスは、クンパニアで移動中と同じように予測しがたく、ラヴノス同士が出逢ったら何が起こるかは誰にもわかりません。パツィーヴでは、物語りや歌を通してラヴノスの間で貴重な情報がやりとりされます。また、パツィーヴに参加している者たちが飢えや退屈をおぼえることは決してないと言われています。

クリス kris

 ラヴノスは無法者の集まりだと言われていますが、それは実のところガジェの理解できるような法律は持っていないということです。ラヴノスもまた独特の規範を有していますし、それに反すれば罰せられます。

 ラヴノスの間で大きな問題が起こった場合、長老たちの前でその問題を解決すべく、ラヴノスたちは「クリス」と呼ばれる会議を開きます。これはパツィーヴの一種ですが、中で行われるのは一種の審問です。ただし、ガジェが考えるような法や判決が下るわけではありません。
 実際には、問題が解決されるまでには数週間・数ヶ月を要することがしばしばです。なぜなら、「クリサトーラ」(krisatora)と呼ばれる裁定者をつとめるに充分な数の長老がそろうまでクリスを開くことはできず、それまでそこをいくつかのクンパニアが通り過ぎなければならないからです。
 クリサトーラは高い尊敬を受け、必ずシルムロと人間の両方で構成されなければなりません。掟では、クリサトーラが少なくとも二人のシルムロと二人の人間、合計四人いなければクリスは成立しないとされるため、相当長期間にわたって延期されることがあります。

 クリスが開催されたら、特に順番を決めることなくいろいろな不満や掟違反が申し立てられます。告発者は集会に参加しているロマ全員とクリサトーラに向かって、その罪の内容と重要と思われる情報を述べます。加えて、クリサトーラには要求する刑罰を申し述べます。
 奇異に映るかもしれませんが、一番よく申し立てられる罪は盗みです。ラヴノスにとって、同じ氏族の者から物を盗むことは重大な犯罪なのです。その他、氏族の秘密の漏洩、破約、嫌がる者に〈抱擁〉した、などが挙げられます。
 被告は弁明するか、罪を認めるかする機会を与えられます。罪を認めれば即座にクリサトーラから判決が下ります。最もよくある刑罰は「ソラク」(solakh)と呼ばれる儀式によって呪いをかけるというものです。ただし、罪の内容によっては刑罰の中身は追放も含めて変わります。
 被告が無罪を主張すれば、さらなる証言が求められます。新たな証拠によって告発が取り下げられることがなければ(この場合、告発者がソラクを言い渡されることがあります)、被告は再び罪を認めるかどうか問われ、ここでも無罪を主張すれば、ソラクを言い渡されます。

 ロマ、もちろんラヴノスも、にとって、呪いは現実にある危険な力です。これによって病気や不運、時には死をももたらされるのです。ラヴノスの間には投獄も絞首刑も強制労働も病院への収容もありません。ソラクのみが正義を執行する上で唯一有効な手段なのです。
 被告はさまざまな呪い(アムリアと呼ばれる)を順々に提示されます。これはどんどん厳しいものになっていきます。ひとつ呪いが提示されるごとに、被告は「バテル」すなわち「それをお願いします」と発声することができます。クリサトーラと被告の間で合意がなれば、その呪いが執行されます。なお、この呪いは常に「もし被告が有罪であれば」はたらくようにされています。もし被告が無罪ならば、呪いは効果を発揮しません。
 ソラクは非常に強力です。アムリアをかけられた瞬間に燃え上がったシルムロの話もあります。たとえ被告が呪いの力を拒絶しても、その効果が消えることはありません。

サマジ Samadji

 ラヴノス・シルムロは、ジプシーの持つ神秘的な能力を〈抱擁〉によって失っていますが、同胞たるロマたちから魔法の品を譲ってもらえることもあります。こうした品を「ドラーバ」(draba)と呼びます。ドラーバはそれぞれ中に力を封じ込めてあり、その力はラヴノスの終わりのない生の間にやがて失われてしまいます。しかし、強力なドラーバである「サマジ」の場合は違います。この品々は、数百年もの間その力を保ち、“父”から継嗣へと受け継がれていく貴重な宝物なのです。

 サマジは、所有者たるラヴノスから力を引き出しているのだとも言われています。それがどのようにして起こるのかは説明不能ですが、サマジは所有者の経験によってさらなる力を得て、どんどん強力な品になっていくことが知られています。

 サマジはそれぞれそれを伝えているクンパニアに起源となる逸話が伝わっています。クンパニアによって危険を避けるためどこかに隠されたサマジについても伝承が伝えられています。また、所有者とその一族に不幸をもたらす呪われたサマジもあると言われています。


逆説の道

Path of Paradox

 ラヴノスの従う哲学は、よそ者にとっては奇怪極まりないものです。
 この「逆説の道」の信者は、このままでは現実世界は、新しい思想もひらめきも生まれない停滞したエントロピーの墓場になってしまうと信じています。この「啓発の道」の主たる目標は、原初の変化の力である「ウェイグ」(weig)を“解放”することであり、そのために信者たちはウェイグを貯め込んでいる品物や人物を破壊したり、長い間ひとつところにある物を移動させたりするのです。

 しかし「逆説の道」のもうひとつの目標を語る信者もいます。これは「真の『幻術』」について語っています。もともとラエチから始祖ラヴノスへ、そしてその子孫へと伝えられたこの力によって、ウェイグが真に大量にある時にはラヴノスは、現実の見え方を変えるだけではなく、実際に現実そのものを変化させることができるのだというのです。しかし、アンテデルヴィアンが兄弟になり、ウェイグを貯め込めば貯め込むほど、この力はラヴノスから失われていきます。
 囚われたウェイグを解放することで、彼らは魔法と創造的な思考を飛躍させることができ、それはかつて天地創造を支配した制御不能な力の源泉である「渦動」を再び作り上げることにつながるのです。サイレント・ストライダーはこの力のことを「ウィルド」(Wyld)と呼んでいますが、これは創造的な思考と進化をうながす混沌の原初力です。「渦動」そしてウィルドは、ウルメン族が語る妖精の故郷の逸話とも関連していると言われています。

 ただ、「逆説の道」は歴史上幾度となる隆盛と衰退を繰り返してきた哲学であり、新たなグループによって再興するたびに、その教義に変更が加えられてきました。古いラヴノスの中でこの「道」に従っている者には、「渦動」の力をこの世に呼び戻し、かつてあったものを再び世界に蘇らせることに命をかけている者もいます。こうした長老は極めて強大で、常に力ある品物を探して壊したり、あるいは眠れるメトセラを滅ぼす探索行に赴いています。

 第二次大戦後、若いラヴノスの中でこの「道」に従う者が輩出されましたが、その目的は他の強大な長老の血を飲むことを正当化するためだとして、多くの長老は彼らを氏族の恥だと見なしています。

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