ラソンブラ

Cathedral of Darkness

LASOMBRA

 ラソンブラ。影で編み上げた網の中心から、恐るべきサバトの命運を握る者。
 この闇の王たちは、夜のしじまを渡りながら血族と人間の興亡を操ってきました。彼らほどヴァンパイアたることの意味を体現している氏族はいません。


殺戮と栄光

Glory of Black Angels

 ラソンブラの歴史は、一貫してローマ人が「世界」と呼んだ地中海沿岸で展開してきました。ここは世界で最も豊穣な文明が栄えた地であり、その背後でラソンブラは夜の支配者として隆盛したのです。そんなラソンブラの黄金時代は当然ながらローマ帝国が地中海全域を「我らが海」として統治した時期でした。ラソンブラはローマ人とともにイベリア、エジプト、ギリシア、レバント地域、北アフリカに強力な都市を築き、温暖なこの地方の文化を大いに享受しました。特にシチリア島は、ラソンブラの最強の拠点でした。なぜならここには「カステル・ドンブロ」すなわち「影の城」と俗称された漆黒の巨城が建ち、その中では始祖たるアンテデルヴィアン・ラソンブラが寝起きし、彼の忠実な子としもべたちが影の帝王たる主に仕えながら、氏族全体を監視していたからです。

 ローマの崩壊は、ラソンブラにとって災厄以外の何者でもありませんでした。ある者はローマに残って滅びつつある帝国の建て直しに最後まで奔走し、またある者は属州の都市を蛮族の侵攻から守るべく奮闘しました。しかし押し寄せる中世の波は止めようもありませんでした。事ここにいたって、ラソンブラは急速に勃興しつつあったひとつの勢力に目を付けました。それはローマ・カトリック教会でした。ローマ大司教たる法王を中心に、ゲルマン人への布教など積極的な活動を始めていたこの大組織は、ローマ帝国末期には帝国の国教としてすでに強い力を獲得していました。ラソンブラはこの宗教の内部に入り込んでいったのです。

 11世紀頃には、ローマ・カトリック教会の権力は北の皇帝(ヴェントルーが掌握していました)を凌駕するほどにまで成長していました。ラソンブラは再び地中海沿岸地域をその支配域として確立し、新興ドイツとイングランドの王座を操るヴェントルー、フランス王の宮廷にはびこるトレアドール、そして東欧にうずくまるツィミーシィといった強大な氏族と真っ向から拮抗できるだけの力を持つに至ったのです。当時、最も問題となったのはイベリアで進みつつあった「レコンキスタ運動」の両サイド、つまりキリスト教国とイスラム教国にラソンブラのともがらがどちらもついており、氏族全体が大きく二つに分かれてしまっていたことでした。やがてこの戦いはキリスト教国の圧勝に終わりますが、ラソンブラはこの後もキリスト教とイスラム教に二分され続けることになりました。

 しかし、13〜14世紀、空前の大変動が血族社会を覆いました。「大叛乱」です。この事件を境にラソンブラはその姿を一変させます。
 口火を切ったのはツィミーシィたちでした。数千年にわたって長老たちによって虐待され続けてきた若いツィミーシィたちは「ヴァウルデリ」と呼ばれる謎めいた儀式によって〈血の呪縛〉を断ち切り、主人たちに牙を剥いたのです。この反乱はあたかも野火のごとくヨーロッパ中に広がり、各地で数世紀の安寧に耽溺していた長老たちが次々と殺害されていきました。

 ラソンブラ氏族も例外ではありませんでした。荒れ狂う大叛乱の中、アンテデルヴィアン・ラソンブラは、「影の城」の中で滅ぼされたのです。この凄惨な殺戮劇には、モンターノグラティアーノという宿命的な糸で結ばれた二人のラソンブラが主役として登場します。
 モンターノはラソンブラが最も愛した子であり、ラソンブラの代理として「影の城」を統轄する最高の忠臣でした。一方、グラティアーノは、その政治的手腕と野心をかわれてラソンブラに〈抱擁〉された人物でした。ラソンブラの失敗は、彼の傲慢と野望を過小評価したことだと言われています。かくしてモンターノとともに、グラティアーノは「影の城」に集うラソンブラの子孫たちの間に列席しました。グラティアーノとモンターノの関係は、古き神話のカインとアベルの関係にも比されることがあります。

 やがて、グラティアーノは増長を深め、次第にモンターノ、そしてラソンブラ本人に取って代わろうと考え始めます。そんなとき起こったのが大叛乱でした。彼は巧妙な陰謀とアナークとの提携を押し進め、ツィミーシィたちの助力を得てシチリア島へ進撃しました。
 モンターノはかねてよりグラティアーノに疑念を抱いていました。彼は始祖の不興を怖れてそれを公にはしていなかったのですが、それは最後の最後で裏目に出てしまいました。そして運命の晩、モンターノは「影の城」でグラティアーノと対峙しました。哄笑するグラティアーノ。戦いは壁という壁が血に濡れるほど激しいものでした。一方、オスティアの港からは叛徒の軍勢が「影の城」に押し寄せ、最後の決戦が始まりました。モンターノは進退窮まり、最後の力を振り絞って、死屍累々たる戦場を脱出しました。すでにかなりの傷を受けていたグラティアーノに彼を追う力は残っていませんでした。
 「影の城」は流血と業火の中に陥落しました。伝説の伝えるところによると、始祖ラソンブラは、まどろみより醒めたときに自らの運命を知り、グラティアーノに向かって微笑みかけたと言われています。グラティアーノは萎えしぼみ、崩れゆく彼を残して城を去りました。

 この時より「サバト」は誕生しました。最強のアンテディルヴィアンの死は、叛徒たちに力を与え、長老たちを驚愕させました。そして、大叛乱の火の手はますます赤々と燃えさかったのです。

 一方、モンターノに代表される忠誠者たちは脱出して「反ラソンブラ」となりました。始祖打倒を果たしたラソンブラたちは、こうした「裏切り者」たちを容赦なく狩り立て、殺していきました。この結果、現代では「反ラソンブラ」はほとんど目撃されなくなっています。しかし未だモンターノの行方は杳として知れません。

 大叛乱は、ヴェントルー主導によるカマリリャの結成によって終結へと向かいました。強固な組織力を発揮した新生カマリリャによって、叛徒そしてサバトは次第に劣勢を強いられていきました。やがて、サバトは北へ北へと追いやられ、ラソンブラとツィミーシィはその故地を追われていったのです。真に強力なラソンブラだけが地中海沿岸に生き延びることができました。そして、叛徒の残存勢力とアサマイトとの講和がカマリリャとの間で締結され、未曾有の戦争は終わりを告げたのです。しかし、サバトにとってはまだ戦争は終わってはいませんでした。

 北欧に雌伏したラソンブラは、やがて新大陸へとその勢力基盤を移し始めました。氏族の本拠のひとつであるイベリアにある諸国が積極的な海外進出を押し進めたことも彼らに関係があると言われています。カマリリャによる平和に安住していた他の氏族に先んじて、ラソンブラは着々とカリブ海や北米東海岸に拠点を築いていきました。最大の成功は、テノチティトランすなわちメキシコシティを完全に掌握したことです。現在でもメキシコはサバトの最大本拠として活動を続けていることからもこのことがわかるでしょう。

 新大陸に腰を据えたラソンブラの前に、新たな問題が持ち上がったのは市民革命の時代でした。ヨーロッパを追われた血族たちが大挙してアメリカへと流入してきたのです。彼らは総じてかつての生活スタイルを頑迷に変えようとしませんでした。その最たるものが、ラソンブラの盟友であるツィミーシィたちでした。彼らはカルパチア山脈の流儀をそのままアメリカへ持ち込み、まるで封建領主のように振る舞い始めたのです。
 これに危機感を強めたラソンブラは、こうした招かれざる客の排除に乗り出しました。この「サバト内戦」は熾烈を極め、多数の犠牲者が双方に出ました。結局、新大陸でサバトが優位に立てなかったのは、この内戦が一因だとも言われています。カマリリャはこの機会を逃さず、アメリカ政府にはたらきかけて自分の勢力下にあるワシントンを首都に定めてしまいました。内戦を終えて団結を取り戻したサバトとラソンブラでしたが、時既に遅かったのです。

 こうしてラソンブラは現在に至っています。彼らは依然としてイベリア半島、そしてミラノを本拠としてイタリアをその膝下に納めています。しかし彼らの活動はどちらかといえばアメリカに移ったと考えてよいでしょう。メキシコは新大陸最大の拠点であり、東海岸の諸都市もサバトを通して勢力圏に入れているからです。
 彼らは未だ大叛乱すなわちジハドを継続中です。彼らはすべてのアンテデルヴィアンとそのしもべを滅ぼすまでとどまることはないでしょう。それが数百年前に始祖を滅ぼしてから一貫してたどってきた彼らの道だからです。


鏡像無き影の君

Mirrorless Magistrate

 ラソンブラの氏族特徴が「鏡などのいかなる反射面にも姿が映らない」というものであることはよく知られています。なぜ、自分たちが鏡に映らないのか。ラソンブラたちは過去にいくつもの研究を行ってきました。しかしまだ定説はありません。有力な説では、影を操る『影術』Obtenebrationの【訓え】が、死者の世界の深奥にある「虚無」の力を引き出すためだと言われています。しかし『影術』を別の氏族の者が修得しても、姿は鏡に映るので、これも不確かな理論にしかすぎないのです。

 なお、ラソンブラは鏡や水面、ガラスなどに映りませんが、カメラやビデオのカラーフィルムにはその姿を残します。ただし明滅する不可思議な影としてですが。一方、白黒フィルムにはまったく映りません。これもまたその理由は不明です。

 起源や理由が何であれ、ラソンブラはこの弱点ゆえに特徴的な性向を有しています。彼らは決して自分の姿を見ることができないため、逆に自分の容姿に異常なまでに執着するメンバーが多いのです。古くから、ラソンブラは従僕に着替えをさせている時に、何度も何度も自分の美しさと威容を彼らにささやかせてきました。精密な肖像画を何枚も描かせて、自分の隠れ家を飾るのもラソンブラにはよくあることです。しかし最もよく知られている習慣として、ラソンブラは仮面をつけて人前に姿を現すというものがあります。仮面ならば自分の相貌を自分で決めることができるからです。とはいえ、始終仮面をつけている者はあまり歓迎されないのですが。

 まれに、姿を映すことのできるラソンブラもいます。とはいえ彼らでもその鏡像は普通の人間やヴァンパイアのものよりぼんやりとして薄く、向こう側の景色が透けて見えてしまいます。注意深い者なら異常に気付いてしまうでしょう。

 この氏族特徴に代表されるように、ラソンブラは影と縁深い一族です。彼らは影から支配し、影に住まい、影をしもべとして操って数千年の歴史を刻んできました。ところが皮肉なことに、彼らが本拠地としてきたのは、イベリア、北アフリカ、イタリアといった太陽の燦々と降り注ぐ温暖な地方でした。ラソンブラは、日光の最も強力な国で、日光を完全に拒絶し、光が自分の姿を映し出すことすら拒否することで、他のどの氏族よりも強烈に闇と影を受け入れたのです。それゆえ、ラソンブラは新たなメンバー候補を探すときに、偏執的で、野望と力のためならば愛してきたものすべてを否定し拒絶できる者を積極的に選び出します。


適者生存

Rule of the Fittest

 たいていのヴァンパイア氏族は、自分たちこそカインの最も優秀な末裔であり、夜の社会を率いて行くべき存在だと自任しています。しかし、ラソンブラほどそれを強烈に意識している氏族はありません。これは彼らがサバトを建設したリーダー的氏族であるという自負からも来ているのでしょう。もう一方の雄であるツィミーシィがどちらかというと内省的な氏族であるのに対して(もちろん、戦時の彼らはそれは怖ろしい存在です)、ラソンブラがサバトの政治的・軍事的作戦の陣頭に立っていることもそうした自負に一役かっているといえます。

 ヴァンパイアのエリートであることを自負する以上、ラソンブラ氏族がそのメンバーに要求する知的・肉体的基準は極めて高度です。ラソンブラとしての不死の生は、絶え間なく試され、挑戦され、劣った者を蹴落としていくことで続いていきます。「弱肉強食」「適者生存」はサバトの信条のひとつですが、ラソンブラほど徹底的にそれを実行している氏族はないと言っても過言ではありません。無能な者は二度とはい上がることはできず、ただ捨て駒として滅び去るほかないのです。

 それでも〈抱擁〉されたばかりの雛は、優れた師匠(普通は父)からみっちりと権謀術数とサバト内での生き残り方について教え込まれます。この段階から適者選別は始まっていますが、この期間は、本当の弱肉強食の世界に放り込まれる前の準備運動だと言うことができます。子は一人前のラソンブラの活動を見習いとして見学したり、任務に参加したりすることで次第に氏族のメンバーとしての自覚と能力を高めていくことになります。


レザミ・ノワール(夜のはらから)

Les Amies Noir

 師匠からの指導や経験を経て「真のラソンブラ」として一人前であることを立証した者は、「レザミ・ノワール」(Les Amies Noir)と呼ばれる階位に任じられます。「血の宮廷」(Court of Blood)に座するこのメンバーになることで、ようやくラソンブラは自分の氏族の中枢に触れて、その真の戦略を知ることができるようになるのです。レザミ・ノワールがイコール・ラソンブラ氏族であると言うことができるでしょう。彼らは氏族とサバトを全力で死守することを最大の義務として課されています。そして、レザミ・ノワールこそサバトのリーダーたちなのです。彼らは車輪で言えば中軸やスポークに当たる存在であり、その他のサバトメンバーは皆輪っかにしかすぎません。

 レザミ・ノワールの創設は17世紀にさかのぼります。別の説ではサバト創設時、果てはメロヴィング朝以前から歴史が始まっているとも言われています。いつの時代も、彼らは夜の社会の守護者を自任し、他の氏族の指導者として羊飼いのように率いていく役割を自らに課してきました。彼らこそラソンブラの君主であり、大騎士。この階位に任ぜられたことが真のヴァンパイア・ロードとして認められたことを意味するのです。もちろん、レザミ・ノワールで要求される能力水準は非常に高いものであり、容赦なく他のレザミとの競争が待ち受けています。最も有能な者だけしか生き残ることは許されません。彼らの間の抗争は、他の氏族との争いよりも熾烈かもしれないのです。

 また、レザミ・ノワールの一員は、決してこの階位の存在をメンバー以外の者に明かしてはなりません。たとえまだ未熟なラソンブラであっても。他の氏族などもっての他です。もしこの禁を破れば、次の夜を迎えることはできないでしょう。絶対に。

 レザミ・ノワールは十年に一回、マドリードで氏族の長老モンケーダ大司教の臨席の下で、会合を開きます。ここで闇を称える祭儀と宴が執り行われ、さまざまな余興が披露されます。世界中から有能な楽師が集められ、音楽を奏でます。時にはトレアドールですらこの席に招かれて芸を開陳することがあるのです。

 その他にもいろいろな祭をラソンブラのエリートたちは開きます。代表的なものが「パッラ・グランデ」「フェスティヴォ・デッロ・エスティント」です。前者は一年に一度開かれる大規模な仮面舞踏会であり、メンバーはおのおの好きな仮面をかぶってこの祭に参加します。社交的な雰囲気の中で静かに行われるこの祭は「マスカレード」を標榜するカマリリャへの侮辱でもあります。後者は、彼らにとってのカーニバルであり、狂熱とらんちき騒ぎの祭です。パッラ・グランデとは正反対に、血が飛び散り、肉体が動き回り、あらゆる策謀や戦略を脇においてただ騒ぎまくるのです。


世界制覇への道

Roads to Dominance

 ラソンブラは来るべき終末の時に向けて、着々と地盤固めをしています。彼らは世界のあらゆる側面とあらゆる性質を自らの支配下に収めようとしています。完璧な心的統御、完璧な支配、完璧な展望。ラソンブラは明確な方向性を持って世界を動かしていきます。それが彼らをして「番人」と呼ばしめる由縁でもあるのですから。彼らはゴール到達のためならありとあらゆる方策を採ることを躊躇しません。それでも、肉体的な戦いよりは精神的に相手を屈服させることをよしとします。なぜならその方がスマートで有用だからです。

 ラソンブラこそ地球を継ぐ者であり、次なる時代の神たる存在です。彼らの下で種族が統一を果たしたその時こそ、闇が光を駆逐し、地が天を従属させる時代です。彼らこそ人類の正当な主君であり、万物の霊長です。彼方の星辰の間に広がる闇へと手を伸ばし、影の王として、とこしえに哄笑を放つのがラソンブラの目標です。

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