護法官名簿

Six Hammers of the Camarilla

THE JUSTICARS

 護法官は、カマリリャの切り札です。ギャンレル氏族が脱退した今ではその数は全世界でも六人しかいません。彼らはカマリリャ六大氏族のそれぞれを代表する強力な血族であり、それに見合った強大な権限を有しています。護法官は公子を裁くことができ、カマリリャ内陣に直接接触することができます。また大会合を開催する権利は護法官にしかありません。六条の掟の解釈についても、護法官は非常に強い発言権を有しています。文字通り、護法官の言葉はそのままヴァンパイアたちにとっての法律となるのです。

 1998年に十三年ぶりに開かれたカマリリャ内陣のヴェネツィア大会合で、新しい護法官が選出されました。その席でのギャンレルの脱退宣言は大きな衝撃をもたらしました。それもあってか、新任の護法官はトレアドール氏族を除けばすべて有能な若手の中から選ばれるという珍しい結果に終わったのです。

 六人の護法官はそれぞれが独特の経歴と性向を持っています。幼童ごときがこれらを知ることはまずありえませんが、血族社会を考える上で決して無視できないこの有力者たちの素顔について、ここでは述べることにしましょう。



 リュサンド、凄絶なるアラストル

Lucinde, Ventrue Justicar, The First and Foremost Alastor

 リュサンドは1656年に父であるセヴェルス(当時のヴェントルーの護法官)によって抱擁される以前のことを何一つ覚えてはいません。彼女は父の執行官となり、抜群の才能を発揮しました。以来、リュサンドはおそろしく熱心にほぼ全員のヴェントルー護法官に仕えてきたのです。

 1930年代に休眠から目覚めた彼女は、かつての愛人であったミカエリスがヴェントルー護法官に就任していることを知りました。リュサンドは彼を捜し求めましたが、その途中でセト人のケミンスティーリの罠にかかって“血の契り”を結ばされてしまいました。この恐るべき事態はトレメールたちによって明らかとなり、彼女はミュンヘンでの大会合に連行されました。大会合ではケミンスティーリに対する全世界規模の“咎人狩り”が宣言され、“血族の最重要指名手配”/the Most Wantedこと“緋色のリスト”/the Red Listが作成されたのです。リュサンドは初代の“アラストル”/Alastor(緋色のリスト記載の血族を狩る役職)に任命され、“破門者”/anathema(緋色のリストに記載された凶悪犯)の追討に送り出されました。ただ、彼女が“血の契り”で結ばれてしまっているケミンスティーリだけは追ってはならないというのがカマリリャの厳命でした。

 それでもリュサンドはこのセト人メトセラを探しました。カマリリャの敵を撃滅しながら長い歳月を捜索にあてた彼女でしたが、ケミンスティーリの消息は杳として知れませんでした。やがてリュサンドは自分も所詮はセト人の使い捨て可能な道具にしかすぎなかったのだ、ということを悟りました。しかし彼女は、かつての愛情を燃えるような憎悪にかえて、ケミンスティーリを探し続けました。何年もの苦痛と努力の末、リュサンドは契りの力を打ち破りました。が、それに要した労力はあまりにも大きく、呪いを解いた後、リュサンドは休眠に陥ったのです。

 1994年、リュサンドは休眠から目覚め、別離以来はじめてケミンスティーリの行方の手がかりをつかみました。それは破門者たちの間で盟約を結ぼうと、彼らに宛てた一通の手紙でした。執念と焦燥感にかられていたリュサンドは、この手紙を護法官たちにも内陣にも届けぬまま、独力で捜索に乗り出しました。しかしこの捜査もまたむなしく終わり、疲労困憊した彼女はヴェネツィア大会合で内陣に一連の経過を報告するのやむなしに至りました。いくつかの質問の後、彼女は議場から退席を命じられました。しばらくして、彼女は驚愕しました。その失敗にも関わらず自分がヴェントルー護法官に任命されたというのです。リュサンドはそれが緋色のリスト記載者を討伐するためのものだと確信しました。確かに彼らについて彼女以上に知っている者は他にはいなかったからです。また、長老たちの態度から、この捜査はアンテデルヴィアンの覚醒と終末の夜の到来という未曾有の事態を予見してのものだということもリュサンドには察せられました。

 リュサンドはこの大会合の間に幾人かの執行官を任命すると、すぐに長老たちの前から姿を消しました。それは数ヶ月経つまでは彼女について何の消息もつかめなかったほどです。北米の長老たちの間では、カマリリャに反逆的な公子をあぶり出すためにリュサンドが密かに忍び込ませたスパイがいるという噂が、まことしやかに囁かれ始めました。

 最近、最も明白なリュサンドの活動の形跡は、サンフランシスコのゴールデンゲート・パーク(金門橋公園)で起きた、三人の血族と一体の怪物との激闘でした。リュサンドと執行官たちはこの霧深い公園までサメディの破門者、ジェニーナ/Genina(幼女の姿をしたヴァンパイア。連続殺人鬼で、殺害現場に詩を残すことで“仮面舞踏会”をおびやかし続けてきた)をおびきだして、1時間近い戦闘の末に、その胸に杭を打ち込むことに成功したのです。一ヶ月後、リュサンドはジェニーナを内陣に引き渡すと再び姿を消したということです。


 マダム・グウィル、涙の奥方

Madame Guil, Toreador Justicar, Mistress of Tears

 再任された唯一の護法官であるマダム・グウィルは、内陣からは必要悪と見なされている、護法官の基準から言っても極めて冷酷非情な人物です。グウィルの容赦のない反逆者狩りは血族の間で数々の逸話となっているほどなのです。

 後にマダム・グウィルとなる少女は、16世紀のフランスの農家に生まれました。貧困とひもじさに悩まされていたものの、彼女は素晴らしい美貌にめぐまれました。十六歳のとき、彼女は隣村の青年リュックと春祭りで出逢い、恋に落ちました。しかし、ヴォルジール男爵という冷酷な長老血族が彼女の幸せを打ち砕いたのです。収穫祭でこの村娘の美しさに心惹かれたヴォルジールは、山中にある館に彼女を呼び出しました。そこで彼は恐るべき本性を露わにして、彼女を抱擁したのです。このとき以来、彼女の肉体からも魂からも彩りは失われてしまいました。

 一夜の玩具として小娘を明晩には殺して捨てるつもりだったヴォルジールでしたが、次の晩に目覚めたとき、彼は胸に杭を打たれ、その館は燃えさかる炎の中にあったのです。村娘の姿は忽然と消え失せていました。

 当時、ルネサンス期のフランスでは、貴族の宮廷で血族文化が花盛りでした。宗教改革とサバトの脅威を無視するかのように、ヴァンパイアたちは華やぎの中で踊り狂っていたのです。こうした風潮の中では、ぽっと出の血族に出逢うこともそれほど珍しいことではありませんでした。マダム・グウィルと名乗る血族もその中に姿を現したひとりでした。彼女の天性の魅力と美しさは田舎者を嘲笑する冷笑的な血族たちの間でも称賛されました。しかし彼女は街を出ればサバトやワーウルフといったおそろしい狩猟者がいる中で、血族社会の辺縁部に暮らすことを選びました。彼女は完全に忘れ去られることもなく、かといって過度に目立つことも嫌ったのです。

 17世紀はじめ、彼女はリュックと再会しました。舞踏会ではじめて彼の姿を見たグウィルは、それが他人の空似か幽霊、あるいはかつての恋人の子孫なのだと思いました。しかしそれは確かにリュック本人だったのです。彼は婚約者をヴォルジール男爵にさらわれたことを知り、救出のために村を出ました。が、その夜、彼は怪物の一団に襲われてしまったのです。当時は大叛乱のさなかだったのが、彼の身の不運でした。リュックは旅の仲間とともに果敢に戦いましたが敗れて血を吸い尽くされてしまいました。しかし、その勇猛な戦いぶりに感銘を受けたサバトの一味は、彼を抱擁したのです。以来、リュックはマダム・グウィルと同じ夜の下で生きてきたのでした。

 恋人たちはかつての春祭りのときのように笑いあい、そしてお互いの血を吸い合いました。マダム・グウィルはどのようにして自分が力を得、自分に呪いをかけた化け物を殺したのかを熱心にリュックに話しました。恋人たちは、自分たちの人間としてのささやかな幸せを踏みにじった血族たちをこの世から一掃することを誓ったのです。こうして、リュックとマダム・グウィルはフランスで最も凶悪な同族喰らいとなりました。しかし、二人の運命は、パリの公子フランソワ・ヴィヨンの子を喰らおうとしたときに再び破局を迎えました。作戦は大失敗に終わり、リュックは咎人狩りをその身に受け、嘆き悲しむマダム・グウィルは荒野に逃げて歴史からその姿を消しました。

 その後起こったフランス革命が爆発的な広がりを見せる中、マダム・グウィルは何人もの手駒を犠牲にして何とか生き延びることに奔走していました。そしてついには仇敵フランソワ・ヴィヨンと手を結ばざるを得ない状況に追い込まれました。彼の宮廷に入り込み、自らの正体を隠したグウィルは、フランスの再建に力を尽くしました。やがて、彼女はこの世で自分が最も憎む組織の中に安住の地を見いだしたのです。

 続く二百年の間、グウィルは手練手管を駆使して護法官の地位にまで登り詰めました。非常に有能な護法官であることを証明した彼女は、カマリリャ内の腐敗を暴く手際では右に出る者がないとまで言われるようになりました。彼女は自分の怒りを、この派閥の長老たちを滅ぼすことに向けました。かつては雲上人だったカイン人が自分の手でゆっくりと死を迎える姿は、何にも代え難い悦楽を彼女に与えてくれたのです。

 今から三年前、狡猾なサバトの暗殺者を捜す月並みな捜査の途上、マダム・グウィルは再び過去からの亡霊に出くわしました。暗殺者の寝処まで追っていった彼女は、そこで他でもないリュックを発見したのです。彼は数百年前の咎人狩りから逃げ出すことに成功していたのでした。しかしそのために、彼は黒手団の助けを借りなければなりませんでした。リュックは今では恐るべきサバトに仕える聖堂騎士になっており、歴戦の戦士として勇名をはせていたのです。

 二人のカイン人は、再び血の抱擁をかわし、もう二度と離れないという誓いを行いました。彼らの関係はどちらの派閥からも禁じられたものでした。今、グウィルは再び見いだした愛と自らの不死の生の間の平均台を歩いています。彼女は秘密の恋人の存在をひた隠しにしていますが、護法官という立場は厄介なものとなっています。


 アナスター(ザグレブの)、苦闘する若輩

Anastasz di Zagreb, Tremere Justicar, Unfittable Ancilla

 アナスターは1840年代にスラヴォニア(クロアティア東部の一地方)の織物輸入業者の息子として生まれ、何不自由ない生活の中で育ちました。少年時代、彼は怪奇譚が好きで、特に女家庭教師から、夜を徘徊して村々を襲う“ツロ”や、ホブゴブリン、悪い子の声を取ってしまう“スルーア”といった妖怪についての話をいろいろ聞きました。幼いアナスターはそうした話を怖がることなく、逆にそんな驚異に満ちた世界があるということに胸躍らせたのです。彼は大きくなったら、自分で妖怪たちと話せるようになりたいと思っていました。しかし、頑固で現実的なアナスターの父親は、息子がおとぎ話にうつつを抜かしているのを喜ばず、家庭教師を追い払いました。そして、教育のためにアナスターはイングランドに名門校に留学させられたのです。経済学を学び始めたアナスターの生活は、魔法や驚異とは無縁のものになりました。アナスターはまもなく父親の望んだとおりの、真面目で落ち着いた青年に育ちました。

 そんな彼に転機が訪れたのは、オックスフォード大学在学の一年目のことでした。地元のパブで引退した舞台手品師に出逢ったのです。幻術を巧みにあやつる彼の技に、アナスターはすっかり魅了されてしまいました。この新しい技に熱中した彼は、あやうく落第するところでしたが、手品の技は卓越したものになったのです。やがて彼は小さな芝居小屋で“帝国一の魔術師”という触れ込みで手品を披露するようになりました。学士号を取得した後、アナスターはロンドン経済学院に入学しました。昼間は経済理論を研究し、夜になると“魔術の輪”というサークルで奇術の研鑽に励みました。そして、手品の道にはまっていったことが、彼が少年時代に置き忘れてきた驚異の世界への扉を再び開くことになりました。

 1867年のある晩、本屋を探して裏路地に入り込んだアナスターは、誰かに噛みついている人物を偶然目撃してしまいました。その人物の口からは血が垂れていました。恐怖に呆然としたアナスターに気づいたその人物は、犠牲者を落とすと彼のほうを向きました。そしてその口には尖った犬歯が見えていたのです。アナスターはとっさにポケットに手を入れると、閃光を放つ粉末を投げつけて、化け物がひるんだ隙に逃げ出しました。

 翌晩、アナスターは“魔術の輪”の仲間に昨晩の体験を話しましたが、一笑に付されてしまいました。失望した彼はとぼとぼと家路につきました。自宅に入ると、そこには待ち人がひとりいました。それは、昨晩見た人物でした。化け物が手をさっと振ると扉はひとりでに閉じました。アナスターは逃げだそうとしましたが、妖怪の目に見据えられて金縛りにあってしまいました。ヴァンパイアであると名乗ったその人物は、その夜じゅうかけてアナスターに本物の魔術というものがどういうものかを語りました。そしてアナスターのサークルに似た組織が真の魔術師となるために研究に励み、不死の命を手に入れる方法を見いだしたと教えたのです。アナスターはヴァンパイアの提案にためらいなく応じました。かくして、アナスターはトレメールの一員となったのです。

 続く二十五年間をウィーンの祭儀所で過ごした彼は、《魔術》に天性の才能を発揮しました。氏族に絶対的な忠誠を誓った彼は、非常に短期間で卓越した研究者、強力な魔導師となりました。そして二十世紀初頭にはトレメール護法官によって執行官のひとりに選出されました。魔導師としての彼の技は有能な代理人として重宝されました。彼はかつて家庭教師に教えられたものも含むさまざまな超自然の驚異や恐怖と遭遇しました。やがてアナスターはオカルトの第一人者として知られるようになり、その気さくで親切な人柄とあいまって、トレメールの氏族間外交において欠かせない人物となっていったのです。

 1998年、護法官選挙が迫る中、トレメールは候補者選びに苦しんでいました。フランスの大祭儀所に暮らす非常に強力なトレメール、ジャン・サンフレデリクはアナスターを候補者として推しました。この若輩を操るために、サンフレデリクは自分の影響力を最大限利用して、アナスターの選出に必要な票を集めました。突然、思いもかけない高位に就任することになったアナスターは、護法官としての能力を証立てるために一生懸命になりました。彼は、自分の同僚、特にブルハーのヤロスラーフにいろいろと異議を唱えました。この結果、ヤロスラーフはこの若造を痛い目にあわせなければならないと考えるようになりました。アナスターは今、サバトからモントリオールの街を奪回しようと画策しています。もしアナスターがこれに成功したら、ヤロスラーフは自分の情報網が作戦成功の鍵だったことを明かして、信用を得ようと考えています。

 アナスターは、カマリリャと自分の氏族の多くの者たちが、自分のことを未熟で弱体な護法官だと見ていることを承知しており、自分がそうではないことを証明しようと決心しています。彼は導師であるサンフレデリクにアドバイスを請うており、長老はこれに快く応えています。アナスターの能力は確かに向上していますが、それでも護法官の任に堪えるにはあと数十年はかかることでしょう。


 クック・ロビン、嘴の継嗣

Cock Robin, Nosferatu Justicar, Heir to Petrodon

 “ロビン”は、英領アメリカ植民地時代の末期に貧困の中で生きた銀細工師の弟子でした。英仏植民地戦争が始まってから三年後、彼は気まぐれな長老の手によって闇の世界に引きずり込まれました。彼の父は英国支配も終わろうとしている新大陸の苛酷な環境の中に彼を置き去りにしました。唯一教えられたことは、父と子は不死の代償を通して恩義の間柄にあるということだけでした。

 ニューイングランドの沿岸地方の情勢は、幼童が生きるには辛いものでした。ロビンが関わりを持ったヴァンパイアの多くは十九世紀が始まる頃にはあらかた滅んでしまいました。しかし、この幼童の類い希な生存本能と、危機を察知したらまず地下に潜伏するというやり方が、この弾圧の時代にあって彼を生き延びさせた理由となったのです。彼は最終的に、産業革命の始まりつつあったロードアイランド州に住み着きました。そこで彼はフェナー知事の新設した船着き場で他の者たちとともに暮らしました。ある晩の真夜中、彼は黒い帆のガレオン船が誰にも見とがめられることなく入港してくるのを目撃しました。それは旧大陸からの征服者たちでした。

 黒船の船長はノスフェラトゥのウォーリックといい、すぐにプロヴィデンスの事実上の公子におさまりました。そして彼の到来に続いて起こったロードアイランド州でのおそろしい数々の事件は、この州からほとんどの血族を追い払ってしまいました。ニューイングランド北部でのブルハーの攻勢と、南部でのトレメールとヴェントルーの反目に乗じて、ウォーリックはすばやく支配権を確立したのです。侵略者たちは有力な米国人血族を狩りだして、屈服あるいは滅ぼしていきました。ロビンと他のノスフェラトゥたちは、知らず知らずのうちにウォーリックの情報網の一員に組み入れられていました。それは大陸間をまたいで謎のメトセラによって構築された壮大な地下諜報網だったのです。

 百年強の歳月が経過し、ウォーリックの恐怖政治が敷かれる中で、ロビンの父が姿を現し待て、地下抵抗組織に参画するよう子に命じました。ロビンと少数の同志は諜報網に何喰わぬ顔で入り込んで、時機が到来するのを待ちました。注意深い陰謀と罠にたすけられ、1990年、カマリリャとサバトの攻撃軍は、すべてが始まった「血の川」でウォーリック他の侵略勢力を撃滅することに成功しました。ウォーリックはいずこかへと姿を消し、現在でもその消息は知られていません。二重スパイの役目を果たした者の中で唯一生き残ったクック・ロビンは、ほとんどの者にこそその活躍は知られることはなかったものの、カマリリャ上層部は彼の業績をはっきりと記憶したのです。

 ロビンが突然護法官に選出されると、ロビンの父こそ、誰あろう前任の護法官であるセビーリャ伯ペトロドンであったという噂が流れました。これは、この若輩ともいえる者が護法官に選ばれた理由を説明するための逸話なのかもしれませんが、これが内陣の親族重用の傾向を端的に示すものだとして非難する者も少なくありません。


 ヤロスラーフ・パセック、狂える断罪者

Jaroslav Pascek, Brujah Justicar, Fanatic Monk

 スラブ人の父親とジプシーの母親との間に生まれたヤロスラーフの人生は、現代でいうドイツの国境近くに捨てられていたのを、フランチェスコ派の托鉢修道士によって拾われて、修道院に預けられたときに始まります。他の孤児たちと兄弟として修道院で育てられた彼は、神への熱烈な信心と、自分が罪の作り手であり、ジプシーの血を引いているがゆえに半分は悪魔なのだという確信を持つに至りました。十八歳のとき、ヤロスラーフは信仰の危機に直面しました。慈悲深く純粋な教会の教導による神と人との合一という信念が幾度となく裏切られたからです。俗界の聖職者が罪や悪徳に耽溺するさまを見るたびに、この若い修道士は教会を浄化する必要性を痛感したのです。

 やがて、ヤロスラーフは自分こそ浄化のために神に選ばれた道具なのだという確信を得ました。マルティン・ルターの百五十年前に、ヤロスラーフは独力で宗教改革を始めたのです。彼は神聖ローマ帝国の北部地方を廻って、純性と聖性についての自分の教えを説きました。しかし自分の説法があまり効果がないことを知るのもすぐのことでした。彼と彼の少数の信奉者たちは、より直接的な行動に出ました。彼らは田園地帯を巡ってテロ行為を行ったのです。彼らは不信心の聖職者を殺害し、偽りの聖遺物を破却し、教会の悪徳について説法を続けました。ヤロスラーフの宗教改革はしかし、彼が不死者の世界へと引き込まれる原因ともなってしまいました。

 ある晩、大聖堂を破壊する作戦のさなか、燃え上がる聖堂と歓声をあげる群衆の前で気の狂ったように叫ぶ彼の姿を、闇の中からじっと見つめる目がありました。一週間後、二人の不気味な人物がヤロスラーフの前に現れて、十字軍の助けとなる力を提供しようと申し出ました。ヤロスラーフはこのこの世の者とも思えぬ訪問者を神の使いだと思い、それを承諾したのです。

 抱擁はヤロスラーフの神への信仰を変えてしまいました。神によって闇の中へと置き去りにされ、もはやその光のもとで歩くことがかなわなくなったヤロスラーフは、自分が他者を浄化しやすい魂を授かったのだと考えたのです。新たな“会衆”であるミュンヘンのブルハー同胞を見たヤロスラーフは、ヴァンパイアの世界もまた教会同様に腐敗していることを確信しました。事実、多くの血族が聖職者の殻をかぶって身を隠していたからです。

 ブルハーたちは、彼らがサタンのしもべとして連行したヴァンパイアをヤロスラーフに滅ぼさせました。しばしばこうした目標は単にこの同胞の敵対者でしかないこともありましたが、やがてヤロスラーフは霊的な問題に没頭している仲間とたもとを分かち、無知な人間を利用している邪悪なカイン人を滅ぼすようになりました。滅ぼす敵には事欠かなかったことから、ヤロスラーフの闇の生の最初の百年は血の泥濘にまみれたものとなったのです。

 しかしこの血塗られた時代は、カマリリャの創設とともに終わりを告げました。ソーンズ協定後、疲れ切ったヤロスラーフはこの新たな派閥が不死者たちの放埒を抑えてくれると信じて、俗世を離れようとしました。彼は人間たちの間に立ち混じることで、血族たちが天使や悪魔のふりをするのをやめることを願ったのです。古代のローマ墓地を見つけた彼は、そのまま休眠に入りました。

 十七世紀半ば、ヤロスラーフは目覚めました。カマリリャは依然強大でしたが、ヤロスラーフの長い眠りの間に、サバトがその勢力を強めていました。ヤロスラーフはこうした数百年前と何も変わっていない反逆者たちを討つのを自らの役目としました。他のヴァンパイアたちを召集した彼は、邪悪なサバトを討ち滅ぼす鎮守として活動し、枢機卿の安全すらもおびやかす存在となったのです。

 続く二百年間、ヤロスラーフは自らの聖戦を続け、1834年には公式に執行官に任ぜられました。ヤロスラーフはブルハーの前任執行官カーラーク(すでに何期もつとめていました)に忠誠を誓いましたが、ほとんどの場合、独断で動きました。偏執狂すれすれの熱心さと直接行動によって、彼とそのしもべたちはサバトをあぶり出し、掟を無視する叛徒を滅ぼしていきました。二十世紀中頃には、彼は再び出発点に戻っていました。すなわち、彼はかつて若年のころの教会と同じくらい腐敗した組織の尖兵となっていたのです。

 ヤロスラーフが護法官に選出されたのは、カマリリャの若手勢力の間に経験を積ませるという動きによるものでした。彼はさまざまな審問や尋問、処罰のやり方を試行錯誤しました。それらの多くは凶悪とまでは行かなくとも苛烈なものであり、それには肉体の切除や強制“自白”、あるいはもっとひどい方法でした。事実、ヤロスラーフは昔の異端審問官のやり方を取り入れているようでもあります。他の執行官や護法官、特にトレメール護法官のアナスターは、ヤロスラーフの主張や行動はどんどん血みどろで性急なものになっていると注意を喚起しています。

 最近、ヤロスラーフはモントリオールに張り込ませた手先から情報を得て、オタワに諜報網の本部を置きました。彼は北米最古のサバト拠点を奪還し、これを血族全員へのメッセージにしようと画策しています。


 マリス・ストレック、復讐天使

Maris Streck, Malkavian Justicar, An Avenging Angel

 十八世紀中頃の落ちぶれた商家に生まれたマリスは貧困の中で育ちました。十代になった頃、彼女は強盗の技を覚えて、他家に押し入って盗みをはたらくようになりました。また、隠してある貴重品を探し出す才能も発揮しました。しかしその生活は、ある深夜にルッツ・フォン・ホーエンツォレルンの屋敷に忍び込んだときに終わりを告げました。ルッツは奇矯な人物として知られ、夜遅くに灯りをともしたり、彼の召使いは日中は姿を現さない、などといった話がありました。ホーエンツォレルンの街の者で彼の姿を見た者はいませんでした。このことが彼女の好奇心をかきたてたのです。ルッツは裏口から忍び込んだ彼女にすぐ気が付きました。彼は密かに泥棒の後をつけて、その恐怖心を煽り立てました。そして恐慌状態に陥ったマリスを抱擁して閉じこめました。

 マルカヴの血は彼女に非常に重要なことを教えてくれました。犯罪には正義が必要であり、強者は弱者に正義を行使しなければならないのです。彼女は、自分が強盗というあやまちを犯したので、生ける死という罰が下ったのだと考えました。マリスはルッツからこの呪いと力、そして狂気についての教えを受けました。ルッツが彼女を殺したことの贖罪をしているのか、それとも単に運命に突き動かされているのか、マリスは何十年もの間悩みました。ルッツの娯楽趣味も彼女の困惑を深めました。彼は人間の子供を何人か選んで連れてくると、歪んだ情熱で死ぬまで狂わせるというのを楽しんでいたからです。マリスはそうした犠牲者は死ぬほどの罪を犯していないと考えてルッツを止めようともしました。

 マリスは犯罪者や狂人からしか血を飲もうとしませんでした。復讐の堕天使として、彼女は決して罪無きものを傷つけようとはしなかったのです。彼女は、不死者としての力を用いて、真に地獄落ちに値する者を見つけだし、悲鳴とともに地獄へと落とすやり方を学びました。殺人者は何度も何度も自分の犯した罪の犠牲者となって犯罪を反復させられましたし、嘘つきは自分がだました人の前で真実を告白するか、あるいはマリスによって殺されました。

 やがてマリスはルッツが罪のない者を快楽のために苦しめる怪物だと確信するに至りました。彼女は犠牲者の家族にそれとなく報せ、彼の処罰を苦しめられた人間たちに決めさせるように仕向けました。彼女は屋敷を離れましたが、ホーエンツォレルンの街には残って、市民がどのような罰を下すのかを見届けました。そして父が陽光のもとにひきずりだされるのを確認すると、しずかにミュンヘンに向けて旅立ったのです。

 マリスはミュンヘンの公子のもとで捜査官としてはたらきました。彼女は出逢った血族について調べ上げ、有用な情報は後々の役に立てるために綿密に書き留めておきました。彼女は、誰しも誘惑には抵抗しきれないものであるのだから、ヴァンパイアは究極的には全員が地獄落ちなのだ、ということを確信しました。それ以来、彼女は彼らに正義の裁きを下すようになりました。それでも、彼女は公子によく仕え、何度も公子を助けました。二十世紀半ばには、彼女はヨーロッパじゅうで名の知られる腕利きとなっていました。

 マリスは報酬さえ見合えば、どの公子とでもフリーランス契約を結びました。報酬としては、餌にありつけることや、公子の所有物のひとつを所望することなどがありました。彼女は広範なコネのネットワークを作り上げて、ヨーロッパ全土とアメリカの一部に拠点を築きました。人間社会での資産と、数百年におよぶ活動で各地の公子たちから得た報酬によって、彼女は優秀な情報網を完成させたのです。彼女の最大の情報源は、各国の警察機構高官でした。血族の間でも、幼童や若輩と連絡を取り合い、彼らでしか知り得ないような情報を獲得したのです。

 マリスは、1997年に全世界のマルカヴィアンを襲った狂気の嵐にはあまり影響されませんでした。しかしそれでも、彼女は自分がカマリリャ社会の頂点に立たねばならないという野心と目標意識を持つに至りました。1998年の大会合が近づくと、マリスは自分のクライアントのうちでも特別に影響力の強いもの、例えばパリのトレアドール公子フランソワ・ヴィヨン、ロンドンの公子アンなどといった有力者たちにはたらきかけて、マルカヴィアンの護法官として選出されるよう工作しました。その甲斐あってか、内陣は彼女のヨーロッパにおける広範な情報収集能力や、個人としての卓越した調査能力を高く評価して、護法官に任命しました。マリスは自分が情報源としてきた若輩たちの間から執行官のほとんどを選びました。

 今、マリスを悩ませていることがひとつだけあります。内陣に招かれたとき、彼女はルッツがマルカヴィアン氏族の代表者の席に座っている姿を見ました。しかしもう一度見てみるとそれは別の人物でした。果たして真相はどうなのでしょうか?

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