カマリリャ

Withered Roses Need More Blood.

THE CAMARILLA DECAYING

 カマリリャは過去六百年にわたって血族の大半の命運を握り、彼らを統率してきました。しかし、「薄き血の時」が現実のものとなり、「終末の夜」が間近なものとなった今、その支配は大きく蝕まれ、その威光は地に落ちつつあります。このまま衰滅の道を歩むのか、それとも無数の障害をはねのけて再び秩序を闇の世界に取り戻すことができるのか、確信をもってカマリリャの未来を語ることができる者は誰もいません。

 今、カマリリャは七本の柱の一本を失いました。理由も定かならぬギャンレル氏族の脱退宣言は、内陣の奥深くにも激震をもたらしました。そしてカマリリャの業病とも言うべき、強大なものの時代遅れな長老たちと、時代の寵児でありながらいまだ力弱き若者たちとの絶え間ない反目と争闘は、まるで白蟻のようにカマリリャの屋台骨自体を崩壊へと導こうとしています。さらに、外部からは燃えさかるサバトの攻勢と、爆発的に増加する無知な雛たちが、カマリリャが守ってきた秩序の鉄壁を砕かんと押し寄せています。その無秩序の奔流の前には、六百年の歳月守り通されてきた“仮面舞踏会”も風前の灯火のようにこぼたれようとしているのです。

 現代社会はブレーキが壊れた車のように、加速に加速を続けています。永遠の生のもたらす停滞は、もはやこの時代にあっては滅びをもたらすものでしかありません。暴走する時代の速度に乗り切れないカイン人の多くは無知と惑乱のうちに破滅していくことでしょう。そしてその運命は現代に生まれた幼童や雛にさえ容赦なく降りかかってくるのです。歳月の重みを背負ったカマリリャは、暴走車の荷台から振り落とされぬよう絶望的な奮闘を続けています。その成否はいまだ定まりません。が、多くの者がそれが空虚なあがきでしかないことを悟っているのです。

 ここでは、「終末の夜」を迎えつつあるワールド・オブ・ダークネスにおいて、最大派閥カマリリャの置かれた状況を瞥見してみることにします。


ギャンレル脱退の衝撃

The Gangrel have seceded.

 1998年、十三年ぶりに内陣の定例会議がヴェネツィアにて開催されました。七つの氏族の最長老が列席するカマリリャの最高会議である内陣は、過去六百年間そうであったように、新たな護法官を各氏族より選出するはずでした。

 しかしここで狡猾な長老たちですら驚愕するような出来事が起こったのです。それは、カマリリャ創設時より一貫してその一翼を担ってきたギャンレル氏族の突然の脱退宣言でした。

 ギャンレルがどのようにして脱退したのかについて詳しいことは内陣の外ではわかっていませんが、漏れ聞かれる話によれば、前任のギャンレルの護法官ザヴィアーが、護法官選挙の前に議場に現れ、簡潔に脱退の意を伝えると、そのまま背を向けて会場を立ち去った、ということです。彼らの脱退の理由は一切わかっていません。しかし確実なのは、強力な氏族がひとつ抜けたことによって、カマリリャ内の勢力バランスが大きく変化するのを余儀なくされたということです。ギャンレル脱退の報せは、約1カ月の間に世界中に伝わりました。これに続いて各地でギャンレルたちの公子会議からの脱退が相次ぎ、そのときも彼らは無言かあるいは簡単な別れの挨拶しかしませんでした。老いも若きも一様に困惑し、「終末の夜」のひとつの兆しだと怖れおののく者も少なくありませんでした。

 多少救いになることといえば、もともとギャンレルは原野の氏族としてあまり都市内の政治劇には深く関わっていなかったということがあるでしょう。それでも、理由も告げぬそのあまりに不気味な行動は、偏執狂に陥っている多くの血族たちを震撼させるに足るものだったのは確かです。

 かくして、カマリリャを支える柱は六本へと減じました。これが将来どのような影響をもたらすかはまだ誰にもわかりません。


薄き血の時、鎮守の台頭

The Scourge Empowered

 カインの血が世代を下るうちに薄まり、血族が〈抱擁〉する力を失うという「薄き血の時」は、太古の昔より「ノドの書」や賢者たちによって予言されてきました。

 そして新たなる千年紀が始まろうとする今、その予言は成就しつつあります。世界中で急激な増加を見せつつある第十四世代、第十五世代の存在がその証です。前者は〈抱擁〉を失敗する可能性が飛躍的に高く、そして後者に至っては〈抱擁〉することもできなければ、太陽光によって滅びることすらなくなっているのです。あまつさえ、信用ならぬ噂によれば、第十五世代は人間との間に子供をなすことすらできるというのです! こうした話は多くの長老たちに終末の時の訪れを実感させるに充分なものであり、各地で激烈な排斥と弾圧運動を引き起こしています。

 長老たちによる若者排斥活動の尖兵となっているのが「鎮守」(The Scourge)です。この職は中世期以来長らく置かれなくなったものでしたが、現代のケイティフや薄き血の者の激増に対抗するために、主に北米を中心に再び設けられるようになりました。その職務は、中世においては版図の境を警備するというものでしたが、現代では、公子の許し無く〈抱擁〉された雛やケイティフ、あるいは薄き血の者(彼らが許可を受けて〈抱擁〉されていることはまずありません)を見つけだして、版図から排除するというものになっています。この“排除”は、多くの版図で独断での殺害も含まれているため、鎮守は版図内ではからずも大きな力を持つに至っています。このことを憂慮する長老も少なくはないのですが、急増する無思慮な若者の数のほうが切迫した問題であるため、鎮守の行き過ぎもおおかたは大目に見られるのが最近の風潮となっています。

 鎮守の設置や咎人狩りの頻用が各地で起こってはいますが、薄き血の者の増加はいっかな止まった様子も見えません。場所によっては、公子側のあまりに強烈な弾圧のために他の血族が不満をつのらせて、版図内が政情不安に陥ってしまったところもあります。それに、あまりにも巨大化しすぎた大都会の中で、いくら無知な者たちとはいえ、隠れ住んでいる無法者たちをすべて駆り出すのはとても困難な仕事だといえます。鎮守たちは部下を引き連れ夜を奔走していますが、彼らの活動は不幸なことにむしろ終末への不安を煽る結果になってしまっているのが実情なのです。

 ここでもカマリリャの長老たちの努力は虚しいものとなりつつあるのです。


東西からの脅威

The Sabbat & The Cathayans

 「ヴァンパイア」の主舞台となる北米ではカマリリャとサバトの争いが長らく続いてきました。特に西海岸カリフォルニア州で「叛徒自由州」が1945年に成立して以来は、これに叛徒も加わって三つ巴の戦争が展開されてきたのです。情勢はカマリリャに厳しく、かつては合衆国全体を支配していたカマリリャも、今やカナダ全域と東海岸の大半をサバトに占領され、次第に内地へと追い込まれているのです。大都市ニューヨークとワシントンでは現在も壮絶な戦いが繰り広げられていますが、これらが陥落するのも時間の問題だと見られています。

 叛徒自由州の存在はカマリリャにとって目障りなものでしたが、東と北のサバトのほうがさしあたってはより大きな脅威であったため、西海岸の地は解放を求める若者たちにとって、この五十年間、暴力的ながら別天地のような存在であり続けてきました。しかしこの宴にも終止符が打たれました。

 1998年、突如として海の彼方から東洋の吸血鬼「支那鬼」(Cathayans)が西海岸に大挙侵入してきたのです。不意を打たれたロサンゼルスとその近郊の叛徒たちは、未知のパワーと振るう東洋人たちの前にもろくも壊滅の憂き目を見ました。指導者を失った叛徒自由州は急速に瓦解の道を歩み、カマリリャと叛徒との戦いの中で半ば中立地帯となっていたサンフランシスコの街が支那鬼の手に落ちるや、連絡を絶たれた周辺の叛徒領主たちは滅ぼされるか、あるいはカマリリャに助けを求めるかすることを余儀なくされたのです。

 この恐るべき報せは、北米のカマリリャに大きな衝撃を与えました。小うるさい若造たちが消えたかわりに、得体の知れない東洋の化け物たちが上陸したのです。シアトルやデンバーといった西海岸にほど近い都市は恐怖に震えました。1993年のシカゴ陥落(ワーウルフによる)に続くこの惨劇に、北米の血族たちは終末の予感を強めています。そしてカマリリャ自身も、東・北・そして南のメキシコからのサバトの攻勢と、西からの支那鬼の不気味な進軍を前に、その命運は風前の灯火となっています。この逆風を耐え抜くことは、亀裂が幾筋も入った今のカマリリャに果たしてできるかどうか、状況を知った者ならば誰しも疑問を抱かざるを得ないでしょう。


悪夢の週、そして

A Week of Nightmare

 そして1999年。ついにゲヘナが現実のものとして現れました。

 「悪夢の週」と呼ばれる一週間のうちに、インド亜大陸の北東部バングラデシュを舞台に、空前絶後の超自然戦争が巻き起こったのです。それと同時に、全世界的に不思議な現象や集団発狂、殺人や破壊が信じられないほど多発しました。哀れなバングラデシュを襲った超巨大台風と大洪水の中、いったい何が起こったのかをはっきりと知る者はほとんどいません。しかしこの直後から、ラヴノス氏族全体に不可避な狂気が襲い、この氏族は事実上滅亡の憂き目を見ました。

 ある者はこれがアンテデルヴィアンのひとりが復活したせいだとも言います。あるいは地獄より這い出た悪魔がついに力を振るい始めたのだという者もいます。冥界から亡者の軍勢が地上に押し寄せてきたと叫ぶ狂人も現れ始めました。そして奇怪なことに、聖なる力をもって怪物を討つ人間が恐ろしい勢いで増加を始めたのです。

 最もまがまがしい兆しは、悪夢の週の直後、天空に現れました。
 超自然の者には真っ赤に輝いて見える不可視の魔星。それはあたかも天に開いた邪眼のように混沌に見舞われ始めた地上を見下ろしています。それが何を意味するのか、まだ誰にもわかりません。ただ、薄き血を持つ者だけが、暗澹たる未来を見通し、その幻視によって自らを狂気においやっているだけなのです。

 ゲヘナは始まりました。
 しかしカマリリャは今や弱体化の極みに達しようとしています。
 このまま時代の奔流に押し流されるのが運命なのかどうかは、血族たち自らが確かめるほかはないでしょう。

 かくして、黙示録の時は開幕したのです。

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