ブルハー

A Past of Treachery, A Future of Flame

BRUJAH

 ブルハー。
 ヴァンパイアの十三の氏族の中で最も奔放で、好戦的な吸血鬼たち。彼らの多くは「Vampire」のテーマである「ゴシック・パンク」の「パンク」の部分を地でいっており、常に最先端、あるいは最先鋭なファッションに身をかためています。世紀末現代では、それはレザーと金属を多くあしらったデンジャラスなものになっています。

 しかし、現在でこそそうした衣装に身を包んではいるものの、かつては学問の守護者として、より偉大なる世界を目指すための哲学を練る思想家として、そして変革を求める革命家として、ブルハーたちは知と武の両面で、終わりのない闘争を演じてきたのです。

 古代より伝わる研ぎ澄まされた鋭利な剣。ブルハーたちの生き様を垣間見ます。


破れた夢、新たなる夢

Struggle for Utopia

 奇妙なことですが、学者の氏族でもあるブルハーの起源については、他の氏族由来の知識で知る他はありません。多くの説では、始祖ブルハーとして知られるヴァンパイアは、「第二の街」にて第3世代が第2世代に反旗を翻した戦いを引き起こした張本人として伝えられています。逆に、ブルハーは十三人のアンテデルヴィアンの中で最も保守的な意見を述べた者で、他の十二人によってスケープゴートにされたのだ、という説もあります。

 しかし、現在のブルハーは実のところ、この始祖ブルハーの直系の末裔ではないのです。ブルハーの継嗣のひとりだったトロイル(Troile)は、父を殺してその力を奪いました。この所業が「第二の街」の崩壊につながったとされ、ブルハーたちが他の氏族から不信の目で見られている一因でもあります。また、ブルハーはその短気で狂乱しやすいことで今でも有名ですが、この呪いは「第二の街」の崩壊してから発現したものであり、この責任もトロイルにあると言われています。現在のブルハーの多くは、自分の氏族がその始まりから反体制者であったことを半ば誇りに思っていますが、長老の中には、その欺瞞を苦々しく思っている者も少なくありません。実際には、トロイルがなぜ同族喰らいにおよんだのかははっきりしていませんが、第3世代の圧制に耐えかねたとも、単に父の存在が怖ろしくなっただけだとも言われています。

 トロイルは「第二の街」の崩壊後、氏族の者たちから離れてヨーロッパとアジアの辺境を放浪しました。それは彼が自分もまた同族喰らいの犠牲になることを怖れたからだと言われています。エチオピアからカナン、そしてバビロンへ。カインの末裔たちが多く集まる場所を避けながら、長い間トロイルは小アジアを自分の住処とした後、ペルシアへ、そして北アフリカへと移りました。

 カルタゴの建設にトロイルは積極的な役割を果たしませんでしたが、その成果を喜びました。カルタゴで彼は「第二の街」の理想の再興を夢見たのです。トロイルは時折カルタゴを訪れては子孫たちにアドバイスをしたと伝えられています。カルタゴはまさに理想郷でした。ヴァンパイアと人間がおたがいに補いあいながら共存する国。ブルハーは自分たちの理想に共鳴した他の氏族の者たちも快く迎え入れ、新たな「都」の繁栄を願ったのです。

 しかし、その栄華は長くは続きませんでした。カルタゴの繁栄をねたみ、ブルハーの理想を怖れたヴェントルーを筆頭とする悪しき者たちが、当時勃興しつつあった都市国家ローマを扇動して、カルタゴを攻撃させたのです。ブルハーと人間たちは自分たちの理想郷を守るべく懸命に戦いました。ところが、カルタゴはあろうことか裏切りによって陥落してしまったのです。裏切り者とは、ローマの富に目のくらんだひとりのトレアドール、トロヤ戦争の引き金ともなった毒婦ヘレナでした。トロイルも圧倒的な敵の襲撃の前に倒れ、カルタゴ市は炎上しました。こうしてブルハーの栄光の時代は終わりを告げたのです。夢破れたブルハーの生き残りたちは、ある者は休眠し、ある者は理想郷の再興と、復讐の達成を誓って別の土地へと散らばっていきました。カルタゴの跡地には、地下で眠りについたと思われるエルダーたちの復活を阻止するため、敵の手によって塩がまかれ儀式が施されました。現在もトロイルや最強のブルハーたちがこの北アフリカの地に眠っていると言われています。

 逃げ延びたブルハーたちは、自分の狂乱の呪いがより強くなっていることに気づきました。その原因を血族の学者たちは、生きているにせよ滅んだにせよ、トロイルが最後の戦いの折に発した憎悪と憤怒の感情が、子孫たち全員に伝わったせいだと説いています。そしてこの性癖はその後子々孫々にわたるまでブルハー氏族に受け継がれていくことになりました。

 中世、ルネサンスの間、ブルハーたちは学問・思想の教導者としてヴァンパイア、そして人間たちの啓蒙につとめる一方で、混沌と無政府状態を作り出す狂戦士として怖れられました。この頃から、ブルハーの間ではその行動方針を巡って大きく三派に分かれる動きが始まりました。

 中世末期、叛徒の大叛乱が発生しました。年老いた者たちの圧制に耐えかねた若いヴァンパイアたちが大挙して起こしたこの革命戦争の先頭に立った氏族のひとつに、ブルハーがありました。激戦の末、カマリリャの創設によって叛徒たちは鎮圧されました。しかしブルハーはラソンブラやツィミーシィのように人間を軽蔑していなかったために、非人間的なサバトへの参加を拒絶し、ヴェントルーやトレアドールといった仇敵たちと手を結んで、カマリリャとマスカレードのもとでの新たな血族社会の構築を目指しました。

 そして二十世紀。ブルハーは大きく様変わりしていました。市民社会の成立、革命時代、世界大戦を経て、かつての学問・思想の徒としての姿は薄れ、現体制の打倒と革命を指向する荒々しい熱狂的な集団に変貌していたのです。旧態然としたヨーロッパに嫌気のさした者たちは、ロシアで起こった革命を影から主導し、ソビエト連邦を樹立しました。一方、新大陸に渡った者と、その子孫たちは開拓の時代を経て、社会の下層に影響力を及ぼすようになりました。当然、下層出身のメンバーも増え、次第にヨーロッパ出身の長老たちとの亀裂が深まっていきました。

 そして1945年。カリフォルニア南部で闇の世界を震撼させたある事件が起こります。ブルハーの革命家たちに率いられ、大挙して反旗をひるがえした若い叛徒たちが、ロサンゼルスを中心とした一帯を襲撃、完全に占拠したのです。この過程でほとんどの年老いた者たちが殺され、全米での世代間衝突の緊張は一気に高まりました。その後数年間にわたる討伐戦も効を奏さず、キャマリラは不本意ながら、この「叛徒自由州」の創立を黙認せざるを得なくなったのです。この結末は、古いヴァンパイアたちに太古の伝説を思い返させました。「若者らと氏族無しが跳梁するとき…」は、ヴァンパイアにとっての「最後の審判の日」であるゲヘナの到来の兆候だという伝説だったからです。

 こうしてブルハーは再び世のキャスティングボートを握る存在となりました。ただし今度は、若い者たちが中心となった破壊的・暴力的な勢力として。世相がますます暗く、未来の見えない時代。ブルハーたちは新たな理想郷…その規模は仲間内だけの卑小なものから、カルタゴに匹敵するものまで…を求めて、血と炎の渦巻く激しい不死の生を生きているのです。

真ブルハー True Brujah

 不気味な噂がブルハー氏族に伝わっています。それは、始祖ブルハー直系の末裔がいまだこの世に生きているという奇怪な逸話です。伝説では、トロイルが始祖を滅ぼしました。現存するブルハー氏族の者はすべてトロイルの子孫です。しかし、そうではないブルハーがどこかにまだ生き残っているというのです。

 この噂を裏付ける証拠は何もありませんが、かといって完全に否定する証拠もまたあるわけではありません。この「真ブルハー」たちは始祖の復讐を果たすために、数千年の雌伏を続けていると言われています。

 彼らの存在をうかがわせるいくつかの逸話が伝わっています。突然氏族の集会に現れて、見たこともない能力を発揮し、会場を大混乱に陥れた後、ふっつりと姿を消してしまった謎の血族の話はそこここで聞かれます。その中でも一番有名なのが、50年代の叛徒自由州に始祖ブルハーの末裔を名乗って現れた若い女性の話です。彼女を追い出そうとした者は、自分の意思とは関係なく、投げ飛ばそうとする動作を繰り返し続けてしまったり、あるいは飛びかかった瞬間に、いつの間にか後ろに回られてしまったり、あるいは彼女が姿を消すまで身動きひとつできなかったのです。

 こうした逸話はすべて「俺の父の友人の友達」から聞いた、というまゆつばなものばかりですが、ブルハーたちにとっては一笑に付すことのできない不気味さをもって迫ってくる話ではあります。


アウトローと革命家の系譜

Run the Edge

 北米のブルハーの生き方は、「エッジを突っ走る」というのがふさわしいものであり、夜の街を徘徊し、哀れなホームレスや恋人の血を吸い、ライバル・グループとの縄張り争いで銃をぶっぱなし、自分たちを抑えつけようとする年寄りたちをあざ笑うのです。自分たちが自由奔放に不死の生を生きるのを妨げようとする者は、誰であろうと敵です。彼らは敵を排除することを決して躊躇しないでしょう。さらに彼らは狂乱しやすいという厄介な弱点を持っています。いったんブルハーを怒らせてしまうと、それを鎮めるのは非常な難事業です。

 こうした性向ゆえに、ブルハーをまとめるのは大変困難です。彼らは権威に対して反発しやすく、よしんば支配下においたとしてもいつ反旗をひるがえすかわからない存在だからです。こんな彼らを統率するほぼ唯一のやり方は、「カリスマ」によって敬服させることです。いわゆる“親分肌”の者が、新たに抱擁されたヴァンパイアを世話し、自分のグループに引き入れる、というのが勢力拡大の常套手段です。もちろん、金その他をちらつかせて仲間に入れることも珍しくありませんが、やはり最後に決め手となるのは、リーダーの「カリスマ」です。

 しかし逆に、同じ程度のカリスマを持ったリーダーが何人も現れると、壮絶な縄張り争いが発生することにもなります。こうなると、もはや同じ氏族だろうがなんだろうが、敵として打ち倒すことしか彼らは考えなくなってしまいます。ブルハーの公子が稀であるのは、おそらくこんなところに原因があるのでしょう。ブルハーは決して一致団結することのできない者たちなのです。これは一種、呪いといってもよいのかもしれません。

イデアリスト Idealist

 北米に渡り、新大陸で生きるブルハーたちの多くは、現代のブルハーの代表格である過激な無政府主義の若者たち、すなわち「イコノクラスト」(Iconocrast:破壊主義者)ですが、ヨーロッパには現在も依然として、古来より連綿と系譜を連ねてきた知的エリートの思想革命家ブルハーたちが勢力を張っています。彼らは「イデアリスト」(理想主義者)と若者たちからは軽蔑的に呼ばれますが、本来のブルハーの性質を現代に残している者たちだということができるでしょう。

 イデアリスト・ブルハーは、市民革命時代のような討論会やサロンでの談義を好んでおり、高度な方法論をもとに、世界を変えていこうという理想をもった血族たちです。しかし彼らのような存在が時代遅れになりつつあるのは否定できない事実で、イデアリストの長老の多くは急激に変転する現代の社会潮流に明らかについていけていません。アナクロな長老たちの支配を嫌ってロシアに理想郷を求めたマルキシストたちも、その結果は無惨な収容所国家でした。

 あるいはイデアリストたちは永遠の不満を抱える過激な若者たちよりもさらに悲劇的なブルハーなのかもしれません。


会議は踊る、あるいは暴れる

Brujah's Moots

 いくら自由を重んじるブルハーといっても、一定の守らねばならない物事というものはあります。例えば、プリンスの強い都市では、支配者たちを刺激しすぎないために暴力禁止区域がブルハー内で設定されたり、あるいは氏族の同胞に無闇に手を出さないなどといったことです。また、氏族の不利益になるような罪を犯した者を裁かねばなりません。

 そうした議決機関・司法機関に相当するのが、「ラント」(Rants:怒号)と呼ばれる集会です。この集会は、数人の有力なブルハーによって召集され、その都市に住むブルハー全員の参加がよびかけられます(もちろん、不参加も自由ですが、そのときは氏族内の関係がヤバくなるのは確実でしょう)。ここでは、現時点で問題となっている事項が討議されます。また、犯罪者はここで即決裁判を行われます。

 学者然とした者の多かった昔はラントもおだやかなものでしたが、現代のラントは非常に騒々しく、暴力的な代物です。そこでは討論といえるような事は行われず、めいめいが発言し、それに対して反論、ヤジ、鉄拳が飛び交うのです。時には戦闘行為にまで発展することもあるくらいです。このようなラントをうまく治めることができる者が、リーダーと見なされ、多くの者が付き従います。つまり、ラントは自分のカリスマを誇示し、影響力を強める絶好の場でもあるのです。このため、ラントの前後にはよく流血の事態が伴います。

 このような荒々しいラントを嫌う古参のブルハーたちは、別に会議を開くことがあります。これはクラシカルな建物でよく開催され、ヨーロッパ出身の“古き時代”のヴァンパイアたちが参加します。彼らは、今のような“無軌道な暴力”が氏族にはびこる前の、知的サロンやカフェでの思想討論を再現しようとしているのです。その会議の雰囲気は、ラントとうってかわって穏和であり、秩序だって討議が行われます。こうした集会を「ディベート」(Debates:討論)と呼びます。ですが、若者たちはこのゆったりとした会議を嘲笑しています。それも理由がないわけではありません。ディベートで討議される案件は、ややもすると些末事に終始し、いつまでたっても突っ込んだ話合いにならないこともしばしばだからです。

 もうひとつ、ラントよりももっとパーティーライクな集会があります。これは「レイヴ」(Raves:どんちゃん騒ぎ)と呼ばれ、やはりラントと同様、雑然とした集会が最終的には開催されるのですが、参加者は集会場をはっきりとは教えてもらえません。参加者自身で見つけねばならないのです。ホスト役のブルハーはその街中に全部で十個の手がかりを置いておきます。ブルハーたちはその手がかりを見つけ、それをもとに集会場の位置を探し出します。このちょっとしたクエストには、訓えが必要だったり、非常に危険な場所に踏み込まねばならなかったりすることがよくあるので、刺激を求めている若者たちにとっては格好のゲームなのです。もちろん、これにもちゃんと意味はあります。こうしたクエストを課すことで、他の氏族の者が潜入しないようにするのです(ラントではそうした事にはあまり気を遣われません)。


夢の破局

Dream Shards of Brujah

 90年代、あたかも「最後の夜」を予兆するかのように、ブルハーに二つの災厄が襲いました。ひとつはイデアリストの支配するロシアの地に。ひとつはイコノクラストの支配する北米西海岸の地に、です。

 ソビエトの変質は、七十年以上にわたってその黒幕でありつづけてきたブルハー評議会の面々にとって驚愕するべき出来事でした。新たに指導者となったミハイル・ゴルバチョフは彼らの支配の手を不思議なことに逃れて、既存の体制をあっという間にうち崩していったのです。評議会員が右往左往する中、破滅をもたらす恐るべき事件が起きました。太古の昔よりこの東の辺境を護り、いつの頃からか眠りについていたノスフェラトゥ・メトセラ、バーバ・ヤーガが、その永の眠りより目覚めたのです。この強大な魔の復活の前に、ブルハーたちはほんの数夜の間に全滅しました。そして、ソビエト連邦はうたかたの夢だったかのごとく地上から消え失せたのです。

 一方、西の果て、北米西海岸カリフォルニアの地では、叛徒自由州がその五十年あまりの歴史に幕を下ろしました。1998年、突如大洋の彼方より大挙来襲した東洋の吸血鬼たちによって、カリフォルニアの解放区は蹂躙されました。叛徒の指導者たちは滅ぼされたり行方不明となり、ロサンゼルスとサンフランシスコの両都市は、東洋の謎めいた生き物たちの手に落ちたのです。カマリリャの援助を受けてかろうじて生き残った版図もありましたが、空前の革命の成果は、これまた泡沫のように砕けてしまいました。

 ブルハーたちの夢の結晶は再び音をたてて粉々になりました。しかしブルハーは依然として北米最大の武闘集団でもあります。ヨーロッパの理想家たちも全滅したわけではありません。今後、彼らの去就が崩壊しつつあるカマリリャと、内紛かまびすしいサバト、そしてワールド・オブ・ダークネス全体の運命にかかわってくるのは間違いないことです。

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