ニューヨークの陥落

Burning Big Apple

BATTLE OF NEW YORK

 1999年、長年、サバトの勢力下に置かれていた世界最大の都ニューヨーク市は、カマリリャの手によって奪回されました。それは、内憂外患によって亀裂が広がりつつあるカマリリャにとって偉大な勝利だったといえます。一方サバトにとっては、大きな戦いの転換点ともなりました。この都市をめぐる数ヶ月間の暗闘と数夜の血みどろの虐殺は、血族の史上に残るものとなるのは確実です。そして、これもまた「終末の夜」の一大局面であることはまちがいないのです。

 世に言う「ニューヨークの戦い」の様相を概観します。


開幕前...サバトの攻勢

Before the Battle

 「ニューヨークの戦い」直前の戦況は、カマリリャにとって決してかんばしいとはいえないものでした。すでに両派閥の戦いは数十年にわたるものになっており、その中ではそれこそ無数のヴァンパイアたちが次の晩を迎えることなく滅びていきました。90年代前半には、カマリリャはマンハッタン島の南部に押し込められていたのです。

 対するサバトは、ブルックリンやハーレム地区をはじめとする貧困地域を中心に絶大な勢力を誇っており、枢機卿フランシスコ・デ・ポロニアの指揮のもと、マンハッタンへの攻略を進めていました。有名なブルックリン橋は両派閥の最前線として毎夜血に濡れていました。

 「ニューヨークの戦い」をさかのぼること数年前、サバトはついにマンハッタンのカマリリャ公子・ミカエラ/Michaellaの殺害に成功しました。彼女の継嗣たちはちりぢりばらばらとなり、ニューヨークにおけるカマリリャのプレゼンスは、事実上、五番街にあるトレメールの祭儀所とその指導者アイスリング・スターブリッジと、証券取引所ではたらくグールたちだけとなったのです。

 この一見すると絶望的な状況の中、ヴェントルーを主導とするカマリリャの“ビッグ・アップル”奪回作戦がはじまります。


前段階...包囲網形成

Prepare for War

 カマリリャ側の奪回作戦は、実に一年以上にもわたる周到で綿密な下準備のもとで行われました。こうした準備の多くは、人間社会の各所にそれとは知られぬよう着実にコネを作っていくことに費やされました。警察、倉庫管理会社、下水工事員、ソーシャルワーカー、私立探偵……ニューヨークに住むいろいろな職業の人々は、いつもどおりの仕事をしていながら、本人も知らぬ間にカマリリャ・ヴァンパイアたちの手駒にしたてあげられていったのです。

 例えば、私立探偵は、コロンビアの麻薬マフィアを追う中で、マフィア・ボスのひとりとおぼしき人物(サバトの枢機卿)の家に出入りする客の写真をとりました。下水工事にたずさわる者は、それとは知らずにノスフェラトゥ情報網のための地下地図を書き留めました。国税庁の調査員も、いつのまにかサバトの裏帳簿を調べ上げることになっていたのです。そして、こうした“駒”たちがその過程で残忍な死をとげたとしても、それすらもまた、カマリリャの将軍たちにとって情報となりました。

 開戦の半年前、サバトのもとにセトの信徒が二人現れました。彼らは長老の血を売りつけに来たのでした。サバトたちはこの取り引きの裏に何か隠れた意図があるのではないかと疑いましたが、その血からは麻薬も魔術も検出されはしませんでした。このため、サバトの指導者たちもそれっきりこの取り引きのことについては忘れてしまったのです。しかし、誰もこの血をガイガーカウンターにかけるものなどいませんでした。

 ヴェントルーに雇われた技術者連は、都内の各所から放出されるわずかな放射能を検出し、それをもとにグールたちがヘリコプターで発信源を特定しました。サバトたちが血を飲んでからほんの数晩の後には、彼らの居場所はカマリリャ側に筒抜けとなったのです。実はセトの信徒たちはまさか放射性物質が自分たちの売った血に含まれているなど考えもしなかったのですが、ヴェントルーは何も知らない彼らに充分な報酬を与えて追い払いました。

 こうした下準備の間、カマリリャ側はひとりのヴァンパイアも実際にニューヨーク市内に立ち入らせることはありませんでした。なぜなら、ポロニア枢機卿は二百人にもおよぶサバトを市内に配置して、不審な血族の侵入を警戒していたからです。カマリリャの送り込むエージェントはすべて人間で構成されていました。さしものサバトといえども、この大都市にごまんといる人間すべての足跡をたどることなど不可能でした。(本人たちはほとんどがそれとは知りませんでしたが)カマリリャの尖兵たる人間たちは、合法的な手段を用いて確実にニューヨーク市内の拠点となる土地や建物を買収していきました。ゆっくりと、しかし着実に、サバト包囲網は完成していったのです。

 開戦一ヶ月前、ジョヴァンニ氏族は経済的見返りを対価にヴェントルーへの協力を受諾しました。この氏族の持つ莫大な資産を背景に、カマリリャ側の買収工作は一層進展しました。

 開戦一週間前、ジョヴァンニの支援を受けて、カマリリャの執行官たちと戦闘の同胞がニューヨーク市内にはじめて送り込まれました。彼らは、貨物トラックやコンテナ船などの貨物運送にまぎれて潜入を果たしました。信頼のおけるグールやしもべたち、それに血液のストックも別口から運び込まれて、ヴァンパイアと合流すると所定の拠点に移送されました。マスコミには膨大な金の投入、血の契り、精神支配が惜しみなく行われ、その一方で市内の犯罪者は戦いの当日に警察の眼をそらせるため、別の場所で暴れるように雇われたのです。カマリリャにとって「仮面舞踏会」の維持が最優先なのはここでもなんら変わりはありませんでした。


開戦

The NY aflamed

 開戦当日、緒戦は日中からはじまりました。いくつもの“偶発的”事故がたてつづけにニューヨーク市内で起こったのです。あちこちの建物で放火騒ぎが相次ぎました。火事の現場に行こうとする消防車は渋滞の列にはばまれて身動きがとれなくなりました。そしてタンクローリーが横転して何百ガロンもの油が下水道に流れ込みました。このてんやわんやの大騒ぎのために、警察をはじめとする治安維持組織は日常業務をうっちゃって事故処理に追われることになりました。追い打ちをかけるようにガス管が爆発し、混乱に拍車をかけました。しかし、こうした事件ひとつひとつは大都会ニューヨークではありふれたものであったため、特段に人々の目を惹くことはなかったのです。

 次に動いたのはニューヨーク市警でした。日没前までに、サバトが市内に配していた有力なグールは、警察の手によって一網打尽にされて拘束されたのです。容疑はさまざまで、時には逃亡をはかって射殺される者まででました。ここでも、警察官各人は、ただ“重大犯罪者”を逮捕するという指示に忠実に従ったまでにすぎませんでした。

 三番手は、カマリリャ側のグールでした。続発する事故にまぎれるかたちで、彼らはすでに居場所を看破されていた若いサバトたちの寝処を急襲したのです。警察官や消防隊員、あるいは救護員のふりをした彼らは、杭と斧、それに火炎瓶を装備していました。この凄惨な戦いで、ほとんどのグールが殺されましたが、サバトもまた日没前に甚大な損害を出したのです。ポロニア枢機卿はあらかじめ防火設備やセキュリティを厳重にするよう布告を出していたのですが、緊密な連絡を欠くサバトの組織にあってそれを忠実に守る者はあまり多くはなかったのです。それがこの日の惨劇を招きました。


夜戦...総攻撃

From Dusk

 太陽が地平線の下に沈むと、カマリリャの総攻撃がはじまりました。

 世界的に有名な執行官セオ・ベル/Theo Bell(ブルハー)が地上部隊の陣頭指揮をとり、護法官ヤロスラフ・パスチェック(ブルハー)とルシンデ(ヴェントルー)が総指揮をつとめました。ノスフェラトゥ護法官のコック・ロビンは地下侵攻部隊を率いて、市内に無数に張り巡らされた水道管と下水道を通って侵入を果たしました。これ以外にも1ダース以上の同胞がさまざまな理由からサバト襲撃に参加しました。指揮官たちは、参戦した者たちに、この戦いのあとにオーラに黒い筋を混じっていても罪に問われないことを確約しました。つまり“同族喰らい”が公認されたのです。

 殺されたサバトの死骸はジョヴァンニの死霊術師のもとに送られ、彼らはヴァンパイアの幽霊を拷問して情報を聞き出し、滅ぼしました。護法官たちはサバトに関する情報を得るためならまったく手段を選びませんでした。ジョヴァンニがこうした冒涜的な行為に手を染めても、護法官たちはまったく意に介さなかったのです。

 二日目の夜になると、戦いは追撃戦に移り始めました。サバトが逃げ出した寝処にはサメディの執行官であり検死官であるリスラック/Lithracが派遣され、毛一本、皮一枚にいたるまで現場を調べ上げて、トレメールの五番街祭儀所に鑑定のため送りました。アイスリング・スターブリッジをはじめとする“妖術師”たちは精力的に敵の隠れ家の割り出しにいそしみました。彼らはすでにポロニア枢機卿の第一の腹心である司教の髪の毛を手に入れていました。これは司教行きつけのクリーニング屋から押収したものでした。そしてその結果、その夜のうちに司教は永遠の滅びを迎えることになりました。彼は徹底したカマリリャの襲撃で多くの部下を失っており、これに加えてトレメールの中世魔術と携帯電話を駆使した巧みな誘導によって待ち伏せを受け、ついに殺されたのです。


終結

Camarilla Triumphant

 三日目の晩、サバト残党の半数は、ポロニア枢機卿とツィミーシィの長老ランバッハ・ルスヴン/Lambach Luthvenに率いられてブロンクス地区に集結しました。ここで、「ニューヨークの戦い」最大の激戦が戦われました。戦術上ではサバトが勝利しました。枢機卿の力はすさまじく、その剣さばきによって四人のカマリリャ・ヴァンパイアが滅ぼされ、ノスフェラトゥ執行官のフェデリコ・ディパドゥアも休眠にまで追いやられました。ルスヴンもまたその長い歳月で蓄えた力によって生き延びました。ただ、この勝利はサバトの撤退を確保する以上の成果にはつながりませんでした。

 四日目の夜には、護法官コック・ロビンとノスフェラトゥたちが地下道を一掃しました。ノスフェラトゥ反氏族は全滅しました。命乞いをした者も許されませんでした。コック・ロビンが手勢をつれてカマリリャ主力と合流すると、カマリリャ全軍はポロニア枢機卿がたてこもる廃工場地区へと向かいました。これが事実上の最終決戦となりました。すさまじい激戦が展開され、数多くの死傷者が双方に出ましたが、カマリリャの圧倒的な優位は動かず、サバト最後の抵抗は壊滅しました。ポロニアは脱出する前にさらに二人のヴァンパイアを殺しました。戦いの後、ルスヴンの姿は忽然と消え失せていました。

 続く二日間は掃討戦でした。サバトはブルックリン、グリニッジ・ヴィレッジ、ハーレムの諸地区で散発的な抵抗を続けましたが、もはや敗北はあきらかでした。トレメールはもう市内にポロニアはいないことを知りました。七晩目、ニューヨーク全市はカマリリャの手中に落ちました。セトの信徒とジョヴァンニは報酬を受け取り、生き残ったグールには〈抱擁〉の栄誉が与えられました。

 こうして「ニューヨークの戦い」は終わりました。


残された問題

The Aftermath

 ニューヨークの陥落は、同時にカマリリャ側にこれほどの大都市を守りきることの困難さを印象づけることにもなりました。彼ら自身のとった戦略は再び敵も採用することができるからです。こうして、カマリリャの戦後処理では、防衛問題が最大の懸案として持ち上がったのです。

 ニューヨーク版図に置かれた暫定評議会は、カマリリャの支配を根付かせる第一歩として、心臓部にあたるマンハッタン地区への立ち入りが容易な場所の封鎖を実行しました。橋、料金所、トンネルといった結節点には赤外線スキャナを装備したグールが配置され、体温のない侵入者の阻止を行うことになりました。基幹水道には巨大な鉄格子と警報装置がとりつけられ、港湾施設にはヴァンパイアの臭いをかぎつけるグール犬が配備されたのです。しかしこれでも充分とはいえませんでした。不死者であるヴァンパイアはいざとなればいかような方法でも市内に侵入することは可能だからです。それでもとにかく、保安体制の整備は早急に進められました。

 一方、人間社会のコネはより重大な問題でした。なにより、カマリリャは人間の手駒の有効性を最大限に活かして戦いに勝ったからです。カマリリャがバックアップする新しい“市政府”は、新規移住者に当局への登録を求めるようになりました。ノスフェラトゥは衛生施設を中心に監視を強めました。また、警察機構の強化も新しいジュリアーニ市長のもとではかられました。犯罪の温床地区はサバトの絶好の隠れ家となるからです。ブルハーのはねっかえりどもは、同じブルハーの良識派によって抑えられることになりました。なにより治安の維持が重要だったのです。

 また、暫定評議会は、自分の隣人についてよく知ろうという運動も人間たちの間ではじめさせました。ラソンブラはヴェントルーに匹敵する支配能力を持っていますし、ツィミーシィに至っては容姿を簡単に変化させることができるからでした。

 ニューヨーク市は2000年現在のところ、暫定評議会による統治が続いています。次の大会同でおそらくは新しい公子が選出されることになりますが、公子もまた自分の権力基盤を築き上げるのにあと数年は必要とするはずです。戦いの後、多くの長老たちが故郷に帰っていったことから、若輩や幼童にもこの新しい版図における地位を目指すチャンスが巡ってきています。もし功績をたてれば、この世界最大の都市で重要な地位につけるかもしれないのです。

 一方、難を逃れたポロニア枢機卿は、川の対岸にあるニュージャージー州で態勢をととのえようとしています。このため、ニューヨークの血族たちはまだまだ警戒を解くことはできません。彼は数人がかりでも倒せなかった強大無比な戦士です。そしてカリスマ的指導者でもあります。今後もポロニアはニューヨークのカマリリャにとって宿敵であり続けることになるでしょう。

 それとは別に、奪回の後、ニューヨーク市では奇妙な出来事が起きるようになりました。

 サバトの小グループがニューヨークにやってきては、何をするわけでもなく市内のあちこちで歓楽に興じていくのです。彼らはカマリリャを避け、情報を集めるわけでもなく、テロに走るわけでもありません。市内のヴァンパイアたちはこうした連中に監視の目を怠ってはいませんが、その意図については皆目わかりません。

 こうした“観光客”のほとんどはツィミーシィでした。そして戦いの数ヶ月後には、こうしたグループのいくつかが謎の失踪を遂げました。彼らは寝処を離れるとそのままふっつり消息を絶ってしまったのです。ノスフェラトゥたちは、彼らが地下に向かったことを知っています。そしてそれが、何千トンという資材が地底に消えているわけでもあるのです。ノスフェラトゥたちは、かつて恐るべきニクトゥークたちの脅威をしりぞけるために、ニューヨークの地下に大迷宮を作ろうとしていました。しかし今、彼らは地底へと通じるトンネルを次々とふさいでいます。そのことがほかのヴァンパイアたちに告げられることはめったにありません。なぜなら、ノスフェラトゥたち自身もいったい何が起こっているのか完全にわかっているわけではないからです。

 「終末の夜」において、ニューヨークは再び台風の目となることが、そこに暗示されているのです。

参考:『Nights of Prophecy』, White Wolf Inc.,2000

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