Rune-line

英雄戦争の開幕


Introduction to HeroQuest

Rune-line

・京都大学ロールプレイングゲーム研究会2000年6月号会報に
掲載した記事を加筆修正したものです。
・日本語版発売にともない、訳語を修正しました。
・HeroQuestの発売にともない、全面改稿しました。

 村は、燃えていた。

 炎の向こうにゆらめく家々、襲い来る熱気、ぱちぱちと物のはぜる音、そして圧倒的な煙と異臭。足下の地面には幾本もの矢と折れた剣が突き刺さり、少し離れたところには同胞の息絶えた死屍が累々と横たわっていた。ヴィドルは失血で力を失いつつある右脚を奮い立たせ、血糊でぬめる槍を杖代わりに立ち上がった。革鎧を貫いて肩口に埋まった矢尻が激痛を伝えてくる。長い薄茶色の髪の毛は汗と泥と血で固まり、べったりと額に貼り付いて鬱陶しい。

 どこかから悲鳴が聞こえる。それとともに響く規則正しい足音。あいまいな視界の中、前方にある村の広場だった空間に、鎖帷子に赤い上着をまとった歩兵の一隊が進んでくるのが見えた。その中央に翻るは円に縦一本の月のルーン。その後に従う騎兵たちは、この惨劇の様子を見聞するようにゆっくりと辺りを見回していた。彼らの背後には、この村の運命をあざ笑うかのごとく、真円を描いた赤い月が晴れ渡った夜空に浮かんでいた。

 時折視界をかすめる人影は、まだ抗戦を続けている仲間たちのようだった。ヴィドルはおぼつかない意識を振り絞って、槍を構えなおした。ここで死ぬとしても、ルナーの悪魔どもをひとりでも道連れにオーランス神の広間へと赴くのだ。

 だが、彼が一歩を踏み出したとき、異変は起こった。

 どこからか聞こえた鋭い叫び声とともに、雲一つなかった夜空に突然黒雲がわきあがったのだ。見る間に広がり、全天を覆っていく雲の間から雷鳴が響き渡り、ヴィドルの耳を聾した。槍で体をささえながら声のした方角を見やると、村のわきにそびえたつ断崖に、ひとりの戦士が剣を抜きはなって立っているのが望見できた。その男の背後には、さらに十数人…いや、もっとか?…の人影が見えていた。

 猛々しい雄叫びがその崖の上の一団からあがった。次の瞬間、彼らはまるで風に乗ったかのように空中へと軽やかに飛び立ち、手に手に剣や槍を構えて、眼下で騒然となる月の兵士たちの真ん中へと急降下を開始した。空を覆いつつある黒雲からは稲光が走り、飛翔する戦士たちの声にあわせて轟音とともに稲妻がルナー兵たちを打った。必死で統制を取り戻そうとする指揮官の声も虚しく、勝利から一転して奇襲の犠牲者となった兵士たちは空から襲い来る蛮族たちの切っ先によって、次々と倒れていった。

 それを朦朧とする目で見つめていたヴィドルの前に、ひとりの戦士が降り立った。それは先ほど崖っぷちで剣をかかげていた男だった。髭に覆われたその顔は凄惨な喜びに彩られていた。胸甲に刻まれた嵐のルーンが、稲妻の光にあてられて銀色に輝く。男に肩を抱かれたヴィドルは、そのまま嵐の神の支配する空へと舞い上がった。見下ろすと、算を乱して逃げていく赤い装束の兵士たちと、それを追って快哉を叫ぶオーランスの戦士たちの姿が、焼け落ちた故郷の村の風景に混じって見えた。

 と、肩に乗せられた手に力が込められた。振り向くと、隣で同じ光景を見つめていた戦士が彼のほうを見てゆっくりとうなずいた。ヴィドルは、思いを断ち切るように愛用の槍を握る手に力を込めたのだった。


英雄戦争、迫る

 英雄戦争。世界の命運を決する大いなる戦い。それは今まさに始まろうとしています。

 「HeroQuest」は、グレッグ・スタフォード氏が創造し、30年以上にわたってさまざまな人々、特にRPG「ルーンクエスト」のファンたちによって深みを増してきた幻想神話世界「グローランサ」をその舞台としています。

 数多くの神々と英雄たちが織りなすこの世界は、今再び大変化の時を迎えています。それは「英雄戦争」と呼ばれる時代。すべての土地がさまざまな相の大変動に見舞われる時代なのです。プレイヤーは、この時代に生きる英雄たちを操り、グローランサの行く末を決定づける大いなる戦いに身を投じます。その中では、彼らは文字通り神話・伝説の英雄として、運命に翻弄されながらも、邪悪な敵と戦い、仲間と出逢い、知られざる禁断の地へと分け入り、いにしえの神々に立ち交わり、そして新たなる時代の潮流を創り出していくことになります。

 広大で複雑なグローランサの中でも「HeroQuest」が特に英雄たちの主舞台として設定しているのが、「ドラゴン・パス」と呼ばれる地方です。ここは北方大陸ジェナーテラのちょうど真ん中に位置しており、はるかないにしえの時代より、数多くの種族、文化、勢力が遭遇、衝突、混交を繰り返してきた文明の十字路です。「竜の通い路」を意味するこの地域には、大いなる竜の伝説をはじめとするさまざまな神秘と伝説が秘められており、世界を揺るがすいくつもの劇的な事件が過去起きてきました。

 英雄戦争の近づく今、ドラゴン・パスの情勢は風雲急を告げています。

 約四百年前にはるかな北方の地ペローリアに勃興したルナー帝国は、その誕生とともに空に出現した赤い月の女神(赤の女神)を主神と崇め、宗教同化政策と強大な軍事力を駆使してまたたくまに周辺諸国を傘下に入れていきました。その魔手はやがて南のドラゴン・パスにまで及んだのです。

 ドラゴン・パスには、ルナーの侵入以前から平野や山岳部で素朴な生活を営んでいたヒョルト人と呼ばれる人々が暮らしていました。彼らは、嵐の王オーランスを主神とする荒々しい嵐の神々を奉じ、誇り高く感情豊かで、独立心旺盛な民でした。この、血のつながりを重んじ、氏族ごとにまとまって生活するヒョルト人たちは、百二十年ほど前にサーターという偉大な指導者のもとでひとつの王国として団結し、いくつもの都市を築いて栄えました。

 しかし、その繁栄は長くは続きませんでした。北方の諸国を征服したルナー帝国は、月の女神と同じ中空(天空と大地との間の空)を領するオーランス神を打倒するために、ヒョルト人の地域の制圧に乗り出したのです。北方の洗練された文明を持ったルナーは、高度に訓練された軍隊の他、さまざまな手練手管を弄して嵐の民を次々と屈服させていきました。サーター王国の人々は、この侵略に対して勇敢に抵抗しましたが、力及ばず約二十年前に首都ボールドホームが陥落、王国は滅亡してしまいました。

 その後もルナーは南方侵攻を続け、ついにその版図は海岸にまで達しました。今や、ヒョルト人の都市で彼らに抵抗を続けているのは、わずかひとつ、白亜の壁の都ホワイトウォールだけとなってしまったのです。そして、ルナー帝国の巧みな「分割して統治せよ」の政策によって、ヒョルト人部族の間にも不和がばらまかれました。

 この一見すると絶望的な状況の中で、ドラゴン・パスでの英雄戦争は開幕します。圧倒的な力を誇るルナー帝国の支配に対し、辛抱強く果敢に抵抗を続けるヒョルト人たちは決して少なくはありません。加えて、帝国内部も長きに渡る平和によって弛緩し、腐敗や悪徳が横行するようになっています。苛酷な徴税が原因の反乱も頻発するようになりました。水面下で、革命の火種は次第に熱を増しているのです。

 プレイヤーの英雄たちの冒険はその中で始まります。運命の行く先がどこへ向くのかは、まだ誰にもわかりません。


青銅とルーン

 グローランサは私たちの世界でいうところの古代、それも青銅器文明の世界です。鉄器は非常に貴重で、それを持っているだけで誉れとされるほどです。

 そしてドラゴン・パスに暮らすヒョルト人たちは、木と石で作った簡素な家に住み、素焼きの器や壺を使って食を摂り、青銅の武器となめした革の鎧をまとって戦います。男女の職能分けは進んでおらず、女性でも技量とその意志さえあれば、戦士や指導者として表に立つことができます。一方、ルナーの民は、高い尖塔群に代表される洗練された都市文明を背景に、高度な官僚制度を持ち、より複雑で爛熟した文化生活を送っています。英雄戦争とは、異なる文明の間の衝突でもあるのです。

 グローランサの住人にとって魔術は非常に身近です。畑の作物の育ちを良くする呪文、森でけがをしたときの手当、戦いに備えて武器を鋭くするまじないなど、日常非日常を問わず、彼らの暮らしの中で魔術はひとつの手段として定着しているのです。

 こうした魔術は、世界創世の力であり、現在も宇宙を動かしている有形無形の諸力である「ルーン」を源としています。魔術を使う者は大なり小なりルーンに関わっているのです。幾多の神々や英雄の力もすべて、何らかのルーンに基づくものなのです。

 ドラゴン・パスは神々への信仰を通してルーンの力、すなわち魔術を得ることが特に盛んな地域です。ここに暮らす人々にとって神々とは、陰ひなたとなって自分たちの生活を助けてくれる偉大な隣人のような存在です。

 さらに、森や山や湖や川をはじめ、たとえ瘴気漂う沼地であっても、グローランサではすべてのものが命をもって生きています。グローランサの住人は、神々や精霊、その化身である自然への畏敬の念をもって日々の生活を送っているのです。

 英雄たちは、この魔法に満ちあふれた古代世界を探訪し、ルーンの力を探索して、来たるべき戦いへとその身を投じていくことになるのです。


栄光、衰退、そして復活

 「HeroQuest」はグローランサを舞台とするヒロイック・ファンタジーRPGですが、この豊穣な世界を背景とするRPGには偉大な先達がいます。ホビージャパンから日本語版が発売され大好評を博した「ルーンクエスト」(Rune Quest、RQ)です。

 「ルーンクエスト」は、1978年に米国ケイオシアム社から発売されました。緻密でアクション性に富んだルールと、混沌とした魅力にあふれた背景世界グローランサによって、「ルーンクエスト」は一躍名作RPGとして熱狂的なファンを生み出したのです。その後、ライセンスがアバロンヒル社に移り、第3版が発売されました。これが日本語版の出た「ルーンクエスト」であり、一般に「ルーンクエスト」といえばこの第3版のことを指します。

 RQ第3版は、当初グローランサからの脱却をはかりましたが、ファンは誰もそんなことは望んでいなかったので、結局、展開はグローランサのみということになりました。そのため、キャラクター作成ルールなどでグローランサと整合しない部分が生まれましたが、それでも簡便なD100ロールと肉を断ち割り血しぶきが飛び散るヒロイックな戦闘を組み込んだシステムは高い評価を受け、日本でも数多くのファンを生みました。

 しかし、RPG業界自体の不振など諸般の事情から、サプリメントの供給が(海外では1994年の「Lords of Terror」、日本では1994年の「モンスターコロシアム」を最後に)止まってしまい、RQファンによる同人活動だけがグローランサの生命をつなぐ頼みの綱となりました。日本語版が市場からも姿を消したことで、日本でのグローランサ・ファンの増加は望むべくもない状況へと陥っていったのです。

 そんな中、グローランサの創造者であるグレッグ・スタフォード氏は、新たなグローランサRPGを作るために、国内外のRQファンから資金を募って「イサリーズ社」を創立しました。「ルーンクエスト」展開の途絶を残念に思っていた数多くのファンたちがこの呼びかけに応え、開発がスタートしたのです。

 さまざまな憶測や不安や期待が飛び交う中、それから数年の年月が流れ、ついに2000年5月、待望の新グローランサRPG「HeroWars」が発売されました。しかし、斬新なルールシステムを搭載した「HeroWars」は、それゆえにわかりにくい部分も多く、2003年9月には全面改訂をほどこした第2版である「HeroQuest」が発売されました。こうして、再びグローランサ世界の展開が本格的に開始されたのです。


英雄たちの冒険

 「ルーンクエスト」が比較的には常人に近い技量のキャラクターを中心としていたのに対して、「HeroQuest」ではいわゆる“英雄”と呼ばれるような卓越した人物、究極的には亜神ほどにも強い存在をプレイヤーキャラクター(いみじくも「ヒーロー」と呼びます)として扱うことになります。作りたてのキャラクターでも、すでにある程度熟練しており、一般人から一段飛び抜けた強さを持っています。そして彼らは、冒険と経験を積むことで、英雄戦争の中で重要な役割を果たすほどの英雄へと育っていくのです。

 グローランサで英雄と呼ばれる神話上・歴史上の幾多の偉人たちは、「ヒーロークエスト」(英雄の探索行)と呼ばれる神秘的な冒険行を経て、創世の力であるルーンを手に入れ、神とも見まごうばかりの力を獲得してきました。「HeroQuest」のキャラクターにもまた、この栄光への道は開かれています。

 「ルーンクエスト」では再現困難だったこの神話的偉業のプレイは、「HeroQuest」の主眼でもあります。このため、ルールブックやサプリメントには、グローランサに存在する数々の常ならざる領域(天空、地界をはじめとするさまざまな外の領域)での冒険がルールとしてしっかりフォローされているのです。そうした場所では、普通の次元とは比べものにならないほどの驚異と危険が待ち受けています。ヒーロークエストに旅立って二度と戻ってこなかったり、あるいは恐怖の存在へと変容を遂げてしまった英雄は古今東西数知れません。しかし、グローランサ世界全体を揺るがす英雄戦争においては、この苦難の旅で得られる力は是非とも必要となるのです。


Rules Lite!

 グレッグ・スタフォード氏は新しいグローランサRPGを作る上で「Rules Lite」(軽いルール)を指針のひとつに掲げました。その言葉どおり、「HeroQuest」のルールシステムは、ほんとうにあの緻密なルールで名をはせた「ルーンクエスト」の後継者なのかと疑うほどの簡単なものになっています。

■キャラクター作成

 「HeroQuest」のキャラクター作成は、他に類を見ないユニークなものです。

 まずプレイヤーは、自分のキャラクターについて二百五十語(英語では百単語)で紹介文を書きます。このとき、以下の要素は必ず含んでいる必要があります。それ以外は、自由に想像力をはたらかせて記述します。

  • キャラクターの名前
  • キャラクターの故郷(ヒョルト人とかダラ・ハッパ人とか)
  • キャラクターをひとことで言うと?(戦士とか学者とか)
  • キャラクターの人生の主目標(故郷を守る、帝国の圧政を覆す、などなど)
  • キャラクターができること(得意とする分野や技など)

 紹介文が完成したら、ナレーター(ゲームマスターのことです)と相談しつつ、そこからキャラクターのキモとなる部分を「キーワード」として抜き書きします。ここで書き出したキーワードそれぞれが(多少の例外はありますが)ゲーム中で判定に使う「能力」に“そのまま”なるのです。なお、能力の目標値自体は、紹介文とは別個に決定されるので、紹介文を書く際、どれくらい得意か、とかそういったことは書く必要はありません。

 これに加えて、キャラクターの故郷、職業、そして使う魔術に応じて、関連する能力が自動的に追加されます。

 これらの能力を目標値と一緒にキャラクターシートに書き込んだら、キャラクターは完成です。装備品などの細部に関しては、想像力と常識をはたらかせてナレーターとの相談の上で決定します。

■能力の表記

 能力は、目標値が20以下の場合、

〈力強い〉17

 というように表記されますが、20を上回った場合は、上回った20ごとに1個の「マスタリー」(熟達)がつきます。マスタリーは目標値の後に「」という記号(支配のルーン)で表記します。

〈言いくるめ〉3
(この場合、能力値は23です)

 マスタリーが2個以上ある場合は、マスタリー記号の後ろにその数を書きます。
 ちなみにマスタリー2個は達人級、3個は英雄(ヒーロー)級、4個以上は超英雄(スーパーヒーロー)級です。

〈威圧する〉12
(この場合、能力値は41です)

■判定方法

 「HeroQuest」では他のRPGのように既製の技能があるわけではないので、用いる能力は、プレイヤーが、キャラクターシートに書かれている中から、状況に応じて使えそうなものを(あるいは本来は使えそうにないがなんとかできそうなものを)選んで宣言することになります。ナレーターはこれが不適切であると感じたら、マイナス修正を与えたり、使用自体を却下することができます。

 使う能力が決まったら、20面体ダイスを1個使ってロールを行います。能力の目標値以下を20面体で出せば、その判定は成功となります。目標値より大きい目ならば失敗です。もし1の目が出たら、決定的成功(クリティカル)となります。逆に20の目が出たら、致命的失敗(ファンブル)になります。

 成功の度合いは「クリティカル>成功>失敗>ファンブル」の四段階で表されます。これを適切な表にあてはめると「完全な勝利>大差の勝利>小差の勝利>僅差の勝利」あるいは「僅差の敗北>小差の敗北>大差の敗北>完全な敗北」という勝敗の度合いが出てきます。これを「ダメージ表」にあてはめれば、判定によって起こった効果や数値変動が決定されるのです。

 マスタリーがある場合は、マスタリー1個ごとに成功の度合いが1段階改善されます(例:成功→決定的成功、失敗→成功)。対立者がいる判定の場合、両者のマスタリーは打ち消しあいます。例えば、3個のマスタリーを持つAと2個のマスタリーを持つBが対立した場合、判定上ではAが1個のマスタリー、Bがマスタリーなしとして扱うのです。

 なお、魔法や他の能力を用いて、判定に使う能力値を一時的に上昇させることができます。これを「増強」と呼びます。増強には二種類のやり方があります。簡便な「自動増強」は判定を必要としない増強で、増強に用いる能力値の1/10(端数四捨五入)分のプラス修正を提供することができます。自動増強より多くのプラス修正を得たい場合には「可変増強」を用います。この場合、まず上昇させたいプラス分をプレイヤーが宣言した後、該当する魔法や他の能力で判定を行います。これが成功すれば、望みのプラス修正を得ることができますが、もし失敗するとマイナス修正をこうむってしまいます。つまり可変増強にはリスクが伴うわけです。

■継続対決

 物語上で重要な場面で、敵や障害がある場合は、「継続対決」(Extended Contest)が用いられます。これは、剣と剣がぶつかり合う戦闘だけでなく、会議での論争、チェイス、魔術のぶつかり合いなど、「HeroQuest」で起こるあらゆる対立シーンを解決できる非常に特徴的なルールです。

 対立するもの(生物、無生物、抽象的な障害を問わず)はそれぞれ「アドバンテージ・ポイント」(AP)を持ちます。このAPは「現在の有利不利の状況」を抽象的に表した数値で、多ければ多いほど優位に立っていることを表します。APの初期値はその判定で最初に用いた能力の値(マスタリー1個は+20と数える)です。APがゼロ以下に落ちると敗北となり、どれだけマイナスに食い込んだかによって勝敗の度合いが決まります。ナレーターは状況や対立の内容に応じてAPの変動や勝敗結果を解釈し、ゲームを進めるのです。

 継続対決は、一方がAPを“賭け”てから双方が適当な能力を使って判定を行い、お互いの成功の度合いに応じて、賭けられたAPの1〜3倍の値が敗者のAPから減らされる、あるいは敗者から勝者へAPが移動する、という作業を、1回ごとに賭ける側を交替しながら、どちらかのAPがゼロ以下になるまで繰り返して進められます。賭けるAPの量によって、小手調べ(少量のAP)から全身全霊をかけた一撃(大量のAP)まで表現することができるのです。

 集団対集団で継続対決を行う場合には、ラウンドごとに区切って解決します。参加者は自分の番がまわってきたら、相手を指定してAPを賭けます。この他、継続対決ではさまざまな戦術オプションが用意されており、いろいろな状況や作戦を表現することができます。

■戦闘

 戦闘は、ヒロイック・ファンタジーの花形ともいえる場面ですが、「HeroQuest」の戦闘ルールは、他のファンタジーRPGに比べてかなり異色な存在です。なぜなら、「ルーンクエスト」にあったようなヒットポイントや武器ダメージなどといった、戦闘中の肉体の状態を詳しく表すようなルールや数値がまったく無いからです。

 戦闘の解決は、前述した「継続対決」を用いて行われ、戦いの状況はAPの形で抽象的に表されます。何よりも、キャラクターの身体へのダメージは、相手(複数ならば全員)のAPがゼロ以下に落ちた時点ではじめて適用されるのです。武器が命中すれば逐次ヒットポイントの増減をチェックする他のRPGとはまったく性質を異にしているわけです。

 これは、「HeroQuest」で目指している戦闘シーンの姿が大きく異なっていることに起因しています。このシステムが指向しているのは「映画的」なシーンの演出なのです。

 「コナン・ザ・デストロイヤー」や「レディホーク」、「グラディエイター」といったヒロイック・ファンタジー映画の中で展開される戦闘は、従来のファンタジーRPGで表現される戦闘とは大きく違っています。

 今までのシステムだと、戦闘は非常に血みどろのものとなりました。敵と向かい合ったらひたすら武器で殴り合い、どんどんこうむる傷は治癒の呪文などで治し、敵が力つきて倒れるまで殴り続ける、という展開には誰しもなじみがあるはずです。

 しかし、映画では普通こんな戦い方はしません。主人公や敵役は、戦闘シーンの大半を、有利な位置の確保を競ったり、相手の攻撃をすんでのところでかわしたり、相手を突き飛ばして間合いを離したり、あるいはそばにある家具を倒してひるませたり、といった駆け引きに費やします。そして、決定的な一撃を除けば、彼らが戦闘中に受ける傷は、軽い切り傷や刺し傷にとどまるのが普通なのです。

 「HeroQuest」ではこうした映画的戦闘を、APという抽象的な「有利不利の状況」を表す指標を導入することで表現しました。戦闘でも用いられる継続対決とは、とりもなおさず、APを巡る相手との駆け引きから成っているからです。

 APの増減や移動は、ナレーターとプレイヤーの共同作業によって、ビビッドな情景へと解釈・変換されることになります。その戦闘シーンに至った経緯とその場の状況、キャラクターの装備、その他もろもろの要素を加味して、ナレーターとプレイヤーは想像力をはたらかせてシーンを現出します。例えば、少ないAPのやりとりは、お互いの様子をうかがう牽制状態を表すでしょう。多くのAPを失えば、それは転倒してしまったり、武器を落としたりして窮地に追い込まれたことを意味するのです。

 他のRPGのようにシステムがそのまま具体的な状態を表現してくれるわけではないので、多少の慣れと想像力が必要ですが、挑戦する価値のあるシステムだといえるのではないでしょうか。

■魔術

 グローランサは魔力に満ちあふれた世界であり、キャラクターたちは皆何らかの魔術を行使することができます。細密に呪文の内容が決定されていた「ルーンクエスト」とは対照的に、「HeroQuest」では、魔術を非常にフレキシブルなシステムで扱います。

 それぞれの魔術も能力のひとつとしてキャラクターシートに表記されるわけですが、それぞれの魔術能力を使ってどういうことができるのか、ということははっきりと決まっているわけではありません。というよりも、具体的な効果についてはその能力が表す意味の範囲内で、プレイヤーとナレーターが相談の上で状況ごとに自由に決めることができるのです。

 例えば、《風》という名前の魔術能力を持っているとしたら、それを用いて風向きを変えたり、風力を調節して突風を吹かせたり、帆に風をはらませることもできるわけです。

 魔術は、大きな変化をもたらせばそれだけ成功が難しくなります。術者が視界内の距離へ瞬間移動するよりも、他者をはるか遠方に飛ばしてしまうほうがはるかに成功しにくくなるのです。どれだけ困難かはナレーターが判断します。

 グローランサの魔術はルール的に大きく三つに分類されます(実際にはもうひとつ、悟法と呼ばれる秘術がありますが、基本ルールでは扱われていません)。

  • 「神教」(Theistic Magic):ヒョルト人をはじめとする多くの文化で使われる魔術で、神々への信仰を通して得られます。
  • 「呪術」(Animistic Magic):大荒野に暮らす遊牧民や蛮地の未開人が自然の精霊の力を借りて行う原始的な魔術。
  • 「魔道」(Sorcerous Magic):西方に住む一神教徒が用いる理論魔術。魔道書と術具を使います。

 このうち、ドラゴン・パスでは神教魔術が主に用いられています。神の信者は、自分の属するカルト(特定の神の教団)にどれだけ深く関わっているかによって、使える魔術の範囲が決まります。カルトに費やす時間が多ければ、あるいはカルト内での地位が高ければそれだけ神から提供される魔力も大きく強くなるのです。

 魔術は「HeroQuest」の核心部分です。基本ルールブックでも最も多くのページが割かれていますし、蘇生などの大きな魔術を行うことは、それだけでひとつの異界探索行となるくらいなのです。このことをいつも念頭に置いて、物語の中で魔術が登場したときには、ナレーター、プレイヤーともに、単なるダイスの振り合いとAPの増減にとどまることなく、生き生きとしてファンタジーテイストにあふれた表現を、積極的に心がけなければなりません。さもないと、ルールが簡単であるだけに、非常に味気ないものになってしまいかねないからです。


今後の展開

 「HeroQuest」の開発・発売元のイサリーズ社では、精力的なサプリメント展開を予定されており、そのいくつかはすでに発売されて人気を博しています。以下は現在発売中のサプリメントです。

・「Hero's Book」:プレイヤー向けのプレイングガイド。2003年10月刊。
・「Anaxial's Roster」:グローランサの生物図鑑。
・「Thunder Rebels」:ヒョルト人社会の詳細を解説したプレイヤーズガイド。
・「Storm Tribe」:ヒョルト人のさまざまな神々を詳説したプレイヤーズガイド。
・「Barbarian Adventures」:ドラゴン・パスの英雄戦争を扱うキャンペーンブック第一巻。
・「Orlanth is Dead!」:同第二巻。
・「Lunar Imperial Handbook Vol.1」:ルナー帝国のさまざまな文化圏について解説するプレイヤーズガイド。

 また、グローランサを愛する人たちによって同人活動も活発に行われています。その代表格が英国発の「Unspoken Words」誌とドイツ発の「Tradetalk」誌です。

 グローランサは「ルーンクエスト」を通して、日本に非常に多くのファンを生み出してきた幻想世界です。イサリーズ社への出資にも日本人が多数参加していますし、同人やウェブ上の活動もRQ日本語版途絶後も続けられてきました。

 「HeroQuest」の発売は、グローランサ・ファンにとって最大の朗報です。今後ともこの素晴らしい世界を楽しむためにも、もっともっと多くの人にグローランサと「HeroQuest」に触れてもらいたいものです。この記事がその一助になればさいわいです。


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