グローランサの中にあって、人間はまだ若い種族だということができます。彼らが世界中を席巻するようになったのは、実際のところ、“曙”以降、歴史時代になってからだからです。彼らの興隆以前から生きていた異種族のことを、まとめて「古の種族」(いにしえのしゅぞく、エルダー・レイス)と呼びます。創世のルーンのひとつである“人”のルーンを用いて生み出された彼らは、人間が跋扈するとともに次第に衰退し、現在では世界の辺境地方で太古から守ってきた聖地の周りにその多くが暮らしています。
古の種族の中でも特に勢力が大きいのが、トロウル、エルフ、ドワーフ、そしてドラゴニュートの四種族です。この記事では、主に彼らについて概説することにします。
神代に地底の安息の地を追われた“暗黒の人”であるトロウル族(ウズ)は、その強靱さや知識の深さからいってもグローランサ最強の種族です。しかし、第1期にナイサロールの創造に異を唱えた彼らは、忌まわしきグバージによって呪いをかけられ、以来、そのほとんどの新生児がトロウルキンという矮小種として生まれるようになってしまいました。この呪いのため数が減ったトロウルは、今では山奥や高原、氷原といった僻地に大きな集落を築いて住んでいるにとどまっています。
長い鼻面と大きな牙、でっぷりと太った頑丈な巨体を持つトロウルたちは、超音波を使って真っ暗闇でも見通す力を持ち、火と鉄以外の何でも食べて消化できる極めつけの胃を備えています。そして太古より受け継がれた彼らの文化は、人間には原始的に見えますが高度に洗練されており、母なる女神カイガー・リートールのカルトを中心とした女性上位の社会がしっかりと築き上げられているのです。
また、かなり異質な慣習とものの考え方を持つものの、他の古の種族に比べればトロウルは人間にとってけっこうつきあいやすい種族です。トロウルの交易商人が辺境の街や村を訪れたり、人間の旅人がトロウルの集落を訪問するのは、頻繁ではないにしろ珍しいことではありません。
もっとも、大多数の人間にとってトロウルは人食いの恐ろしい怪物であるのは間違いないのですが。
トロウルは、神代に地上に現れて以来、異境での苛酷な暮らしの中でいくつもの分派に分かれていきました。そして忌まわしき“グバージの呪い”以降は、矮小なトロウルキンを一族に加えて生きて行かなくてはならなくなりました。このため、トロウルとひとくちにいってもいろいろな種類に分かれているのです。
グローランサに生える植物はすべからく“植物の母”アルドリアが生み出した子です。そして、自分で動くことのできない草木に代わって、外敵から森の安息を守るために生まれたのが、“歩く植物”であるエルフこと「アルドリアミ」なのです。
彼らは人間に似た華奢な姿を持ってはいますが、人より植物に近い生物であり、種子から生まれ、まるで木のように育つのです。エルフにも人種があるのですが、これは常緑樹、落葉樹、熱帯の木々というように住んでいる森の環境によって決まっています。そしてエルフ各人は生まれ故郷の森と分かちがたく結びついており、もし故郷を燃やされるなどしてなくしてしまったエルフは精神に異常をきたしてしまうといわれています。
エルフは森の守護者です。彼らの使命は森の木々を守ることであり、森の安寧をおびやかすものは誰であろうと決して容赦はしません。木々の間に隠れて魔法の矢を放ち、巨大な樹木の精を呼び起こすエルフの力は恐ろしいものです。そしてその使命ゆえに彼らは人間をはじめとする他の種族に対して拭いきれない憎しみと不信感を抱いているのです。
エルフが人里に降りてくることなどほぼありえませんし、エルフの住むという森に人間も入ろうとはしません。グローランサでは、エルフに出逢うということ自体がそれだけで大事件だといえるでしょう。
エルフは、暮らしている気候や森の状態によって種族が決まっています。具体的には、その森を占めている樹木と同じ生活サイクルを持って生まれてくるのです。現在一般に見られるエルフには以下のように三種類があります。
ひげをはやした小人であるドワーフは、エルフよりもさらに異質な存在です。彼らは宇宙全体をひとつの“世界機械モスタル”であると捉えており、この完璧な機械は神代にさまざまな過ちによって破壊されてしまったと信じています。そして彼らはこの“世界機械”を修復するためだけに存在する生物、すなわち「モスタリ」、なのです。
ドワーフ各人は生まれたときからそれぞれ金属の名を冠された職能(鉄ドワーフ、錫ドワーフなど)に専属となって、命あるかぎりその職分を忠実に飽きることなくこなし続けます。そして驚くべき事に、先天的に与えられた仕事を遂行している限り、ドワーフは寿命で死ぬことはないのです。このため、ほとんどのドワーフは自由意志というものを持たず、他の種族と仕事以外で関わることも決してありません。
ごくまれに、“壊れた”ドワーフがいます。彼らは職能を放棄してしまったモスタリであり、異端の代償として不死を失ってしまっています。その中でも“開手主義”と呼ばれる異端に属するモスタリは、他の種族との交流を積極的ではないにしろ容認しているため、最も接触することが多い類のドワーフです。彼らはマスケット銃や大砲といった科学の産物を発明しており、莫大な対価と引き替えにそうした技術を貸し与えてくれることがあります。
グローランサで最も謎めいた種族がこのドラゴニュートです。竜頭人身で原始的な服装に身を包んだこの種族が、実は高い文明を持っていることを知る人はごくわずかです。そして、その文明の内容について理解している者に至っては皆無といえます。
卵から幼生、幼生から次第に成長した形態となり、死ぬと転生して再びそのサイクルを繰り返すという彼らは、古代の伝承などからは大いなるドラゴンの幼生体なのだといわれています。しかし実際にドラゴンになったドラゴニュートを目撃した人は誰もおらず、かつて彼らの知識を分け与えられたという「ワームの友邦帝国」も滅亡して久しいのです。このため、未知なるものへの畏怖と“ドラゴンキル”の記憶から来る恐怖が彼らに対する人間一般の反応です。
ドラゴニュートは僻地で不可思議な形状をした都市を造って集団生活を送っています。ドラゴン・パスにもドラゴニュート都市があり、そこには“超王”と呼ばれる指導者がいるといわれています。ただ、行って帰ってきた者がいないので定かなことはやはり不明です。この他にも、彼らにまつわるとおぼしき奇妙な遺跡が各地に散在していますが、詳しいことはわかっていません。
グローランサで一番不可解な存在はドラゴンをはじめとする竜の仲間たちです。彼らは神々すらも凌駕するほどの力を備えているといわれ、一説によればこの宇宙の外側からやってきた種族なのだといいます。ドラゴニュートは一番よく知られている竜族ですが、その他にもいくつかのドラゴンの眷属が伝説などで語られたり、まれに目撃されたりしています。ドラゴンが現れた一番有名な事件が第2期末の「ドラゴンキル戦争」ですが、誰も生き残ることができなかったので、やはり確かなことは何も言えません。
上記の四種族の他にも、グローランサには多種多様な異種族が暮らしています。その中から、主にドラゴン・パス周辺で遭遇しやすい種族をあげてみましょう。
アヒルが立ち上がって、翼のかわりに四本の指の付いた腕がついた姿の人型生物であるダックは、人間の子供くらいの大きさをした獣人です。彼らは口やかましいことで知られ、他の種族からは煙たがられています。サーター王国ではオーランス人たちと協力して、川や沼の近くで暮らしていたダックたちですが、現在ではルナー帝国に反逆の罪を着せられて追討されています。
ドラゴン・パスの中南部にある“獣の谷”には、獣人たちの王国があります。そこで主導的な役割を果たしているセントールは、馬の体に人間の上半身がついた種族で、優れた楽人や弓手として知られています。彼らは衣服を嫌って狩猟生活を送っています。
牛頭人身の大柄な獣人。他の獣人やエルフとは仲がいいのですが、人間に対しては敵意を剥き出しにします。彼らは原始的な狩猟生活を送っており、他の知的種族もちゅうちょなく食する習慣があるので、周りの種族から恐怖されています。
川や沼地で水陸両生の生活を営むニュートリングは、イモリが立ち上がったような姿をした少し小柄で穏和な種族です。水辺で渡し守や作業夫として人間と交流することはしばしばです。ただ、そのしっぽは美味であると人間に信じられており、時折食用に狩られてしまうこともあります。また、ドラゴニュートの奴隷として使役されていることもあります。
人間ともトロウルともつかない姿をしているために、ハーフ・トロウルとも呼ばれるタスク・ライダーは、ドラゴン・パス北辺の「忌まわしの森」周辺で略奪活動を行っている悪名高い種族です。彼らは大型の牙イノシシ(タスク・ボア)を飼い慣らしており、それに乗って集団で各地を荒らし回るのです。また、生け贄に苦痛を与えることを喜ぶ血塗られた宗教を奉じています。
巨大なヒヒ。知性を持った大猿であるバブーンは、ドラゴン・パスの東方にある大荒野地方で原始的な狩猟生活を集団で送っています。その社会は猿のそれによく似ており、群の中で一番強いボス・バブーンが雌と権力を独占するのです。彼らは祖先の霊を崇めており、祈祷師が魔術的な力を行使します。
モロカンスは大荒野地方を住処とする種族で、一見すると大型のバクに見えます。しかし彼らは知的種族であり、他の遊牧民と同様に移動生活を送っているのです。彼らの飼育する家畜は“ガーン”と呼ばれる知性のない人間であり、そのために他の人間から恐怖とさげすみをもって見られています。