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ルナー帝国

(4)ダラ・ハッパの神話・その1

Dara Happan Mythology: Part I

Rune-line

2002/01/25 ぴろき
この記事は「The Glorious ReAscent of Yelm」(イサリーズ社刊)
を参考にして書いたものです。

 ルナー帝国の帝都グラマーをはじめとする中心部は、大河オスリル沿いに栄えるダラ・ハッパ文明が占めています。ライバンス、ユスッパ、アルコスという名前の三つの大都市(トライポリス)に代表されるこの都市文明は、神代のはじめに全世界を統治した太陽神イェルムとその眷属の統治のもとで、十万年にわたる「ダラ・ハッパ帝国」の伝統を受け継いできました。

 ルナー帝国の最高君主である赤の皇帝もまた七十七代目の「ダラ・ハッパ皇帝」を名乗り、ペローリア全域の支配権を勝ち得ているのです。ここでは、ルナーの枢要をなすダラ・ハッパ人が根幹とする太陽神話の概略を紹介します(長文なので二章に分けました)。


創世

 そもそものはじまりには「一」という偉大な存在がいました。「一」は自らの化身である「多」をつくりだしました。「多」の最初の者たちは、グローランテイ、すなわち「天宮の神々」とも呼ばれる十人の神々でした。やがてグローランテイたちの交わりによってさらに数多くの「多」、すなわち神々が生まれました。しかしあまりに多くの「多」が現れたためにすべての根源である「一」は存在し続けることができなくなってしまいました。そこで「一」はグローランテイに命じて一本の秘宝をつくりだしました。それは「正義の王笏」という名で、この宇宙の統治権そのものでした。この王笏を「多」の中でもっとも偉大な神……すなわちイェルム……に渡すと、「一」はどこへともなく去っていきました。


調和の王国

 神々の中で飛び抜けていたのが、大いなる光のもとに生まれた四人の兄弟でした。長兄のダーゼイター、次兄のアラズ、三男のイェルム、そして末弟のロウドリルです。「正義の王笏」が地上に降臨したとき、ロウドリルが手を伸ばしましたが届かず、ダーゼイターは取れるところにいましたが王笏を望まず、アラズは統治ではなく奉仕を望んだのでこれまた王笏を手に取りませんでした。そこでイェルムが「正義の王笏」を授かり、宇宙の皇帝となったのです。

 イェルムが王笏の先を地上にあてると、そこから「足載せ台」(註:古代バビロニア式のジッグラト)が現れ、ついでそのてっぺんから「イェルムの塔」がそびえ立ちました。イェルムはこの塔に降り立つと、周りに一族や親しい神々を呼び集めました。そして皇帝の証である十個のレガリア(王位を表す聖具)をグローランテイから受け取ると、統治のはじめにまず「イェルムの塔」のそびえる山の麓に神都ユスバルスを建設しました。そしてそこを中心に世界を四つの地方に分け、四つの方角を定め、四つの都市を築きました。こうしてイェルムが公正に平和に治める「調和の王国」の十万年がはじまったのです。太陽は中天に静止してまばゆく輝き、十個の天体とともに地上を照らしました。

 さて、イェルムが地上に降りた一方、彼の兄弟もまた己の領域を定めました。至純なる神ダーゼイターは不浄な大地に触れることを厭い、天空界に戻ってそこを自らの王国としました。奉仕を望んだ神アラズは兄が治める天空界の総督となり、天使とも光の民とも呼ばれる天界のしもべたちを統べることになりました。末弟ロウドリルは両手両足で地上に降りると、物質と大地の快楽に耽溺してしまいました。彼は大地の中に分け入り、そこにすみついていた他の神々を征服して地界の王となったのです(ロウドリルによって地界の奥底に閉じこめられた神の中の筆頭が暗黒神デシュコルゴスでした)。

神妃デンダーラ

 あるとき、ロウドリルは姉であるデンダーラを兄帝の召使いとして推薦しました。純真無垢なデンダーラは最初目立ちませんでしたが、やがてイェルムの側近くに仕えるようになっていきました。そのころ、イェルムは自分の寵愛をめぐって相争う女神たちにほとほと手を焼いていました。ロウドリルはそんな兄に妻をめとるよう進言しました。

 デンダーラが提案した嫁選びの会に賛成したイェルムは、全世界にそのことを布告しました。はたして諸方から女神たちが我先にとイェルムの都にやってきました。誰が神妃にもっともふさわしいかをめぐって女神たちの間で紛糾したあげく、最後の審判に残ったのは十人でした。この中からイェルムは、夫に忠実にしたがい、正義を奉じることを誓ったデンダーラを選んだのです。こうしてイェルムとデンダーラは婚礼をあげ、二人の間には三人の息子が生まれました。長男がムルハルツァーム、次男がシャーガシュ、三男がブゼリアンという名前とつけられました。

人のおこり

 あるとき、イェルムは天界の聖歌隊を集めて曲を演奏させました。その音色はすばらしいものでしたが、妃デンダーラはもっとすばらしい音楽をつくることができるのですとイェルムに進言しました。聖歌隊の曲はいつも一色で変化がなかったからです。イェルムはこれに興味を示し、二人の兄弟や他の神々を呼び集めて妻のいうようにやってみることにしました。

 まずデンダーラが山を削って骨として、それに泥をかぶせて二つの《形》をつくりました。

 次にロウドリルがそれらに《熱》を与えました。するとそれらは生命を持って動き始めました。

 次に大地の女神オリアがそれらに《獣》を与えました。するとそれらは野性を持ち、本能のおもむくままに振る舞い始めました。そして一人目は男、二人目は女と呼ばれました。

 次にダーゼイターがそれらに《鳥》を与えました。男は鷹を、女は鳩を選び、鳥たちはそれらの肩に乗りました。

 次に名も知られぬ謎の女神がそれらに《影》を与えました。影はそれらの中に植えつけられ、恐怖の源となりました。

 最後にイェルム自身がそれらに《火》を与えました。それまで野獣のように振る舞っていたそれらはこれによって理性の輝きを持ち、言葉を話すようになりました。

 つくられたばかりの男と女は、偉大な神々を前にしてひれ伏すと、服従と奉仕を誓いました。これに気をよくしたイェルムは、彼らに服を着ることを教えると、神都ユスバルスで暮らすことを許しました。

 こうして最初の人間たちは都市に住みつきました。このとき愛欲の女神ユーレーリアがいたずらをしたために、人間たちは数多くの子供たちを生みました。数の増えた人間たちを見たイェルムは、この世界の四つの地方に赴いて都市を築くよう命じました。こうして、人類は四つの地方と神都ユスバルスで暮らすようになったのです。

ダラ・ハッパの建国

 人類が地上に住むようになってしばらくして、北から見たこともないものがやってきました。それはネステントスという名の青く大きな蛇であり、くねくねと姿を変えながらイェルムの王国に迫ってきたのです。力自慢のロウドリルと荒々しいシャーガシュがこの怪物に挑みましたが、どちらも猛然と突進してくる大蛇にはねとばされてしまいました。地上に直接触れることは至純なるイェルム自身には忌むべきことであったため、彼は脅威を避けるために天空へと昇っていきました。この未曾有の危機を前にして、神々や人類はおそれおののくばかりでした。

 しかしただひとり、イェルムとデンダーラの長男であったムルハルツァームだけは敢然と蛇に立ち向かいました。ネステントスはムルハルツァームをその体でぐるぐる巻きにしましたが、ムルハルツァームはひるまずにそれを引き剥がすと、聖なる「ショベルとバケツ」を叔父ロウドリルに渡して複製させました。この道具を受け取った人類はムルハルツァームの指示にしたがって「ショベル」で巨大な堀を大地にうがち、「バケツ」で大きな蛇をすくってそこに流し込みました。こうして大蛇は打ち従えられました。大蛇は安定したこの状態に満足してオスリラと改名すると、の女神を生みました。その祝福によって、川辺に集まった人類は米を栽培することを覚えました。

 この偉業にいたく喜んだイェルムは、息子ムルハルツァームを「十の試練」に向かわせました。これは正しき統治を行う皇帝となるための神聖な試練でした。これを見事突破したムルハルツァームはオスリラの川辺に住むようになった人類の支配者となり、最初の「ダラ・ハッパ皇帝」に即位したのです。

 ムルハルツァームは人類に命じて十の都市をつくらせました。そしてこの偉大な神皇帝のもと、ダラ・ハッパ帝国は四万年の間、平和なときを過ごしました。


イェルムの破砕

 イェルムは世界のすべての物事に名をつけて正しく統治しましたが、その支配を拒絶するものたちがいました。イェルムに統治を任せた「一」に対して「他」と呼ばれるこうした勢力の中には、ムルハルツァームがしたがえたオスリラに代表される「水」や、イェルムにすら見えない「暗黒」がいました。その中でもっとも最後にイェルムのもとにやってきたのが「誤った風」でした。イェルムはこれにも名前をつけようとしましたが、それは拒絶して乱暴狼藉をはたらきました。イェルムはやむなくロウドリルとシャーガシュに命じてこれを排除し、「調和の王国」に再び平穏を取り戻しました。

 しかしこの最初の「反逆の神」は、「無」あるいは「不在」よりうみだされた「死」と呼ばれる力を得ると、仲間となった「反逆の神々」とともに戻ってきました。王宮に忍び込んだ彼らは、イェルムが謁見を行っているときに不意打ちをかけました。そこに「人類の皇帝」であるムルハルツァームが立ちふさがりました。

 が、不運なことにムルハルツァームは自分の相手にしている者が何であるのかわかっていませんでした。「反逆の神々」の頭目であるレベルス・テルミヌス、すなわち「反逆の死神」は「死」をふるってムルハルツァームを斬殺してしまったのです。

 これは前代未聞の出来事でした。この信じがたい事実の前に、イェルムは悲しみのあまり天空高く昇っていき、地上からは神の正義は失われてしまいました。「反逆の神々」はすぐにこの凶行を後悔しましたが遅きに失していました。こうして「人類の皇帝」は死に、人類は神から与えられた祝福のほとんどを半ば失ってしまいました。そしてこれ以後、人間は死すべき定めを背負うようになったのです。

 さらに悪いことに、最愛の息子ムルハルツァームの火葬の光景は、彼を失ったイェルムの魂そのものをうち砕きました。彼は一声最期の叫び声をあげると、ばらばらに砕け散りました。

 イェルムの《高き部分》は大いなる鳥の王ヴリーマクとなって天空高く飛び去りました。

 イェルムの魂の中核はアンティリウス、すなわち神の正義を体現し、イェルムの光輝を地上に投げかけ続ける者となりました。

 イェルムの《低き部分》はビジーフ、すなわち対なる者として嘆きながら西の果ての門から地界へと下っていき、死者の国の王となりました。

 さらに、このとき今まで誰も知らなかったイェルムの《影》がひそかに離れていずこかへと去りました。この中から後に世界を悪で閉ざす「虚ろの皇帝」カツクルトゥムが生まれたといわれています。その他、イェルムの神なる種子はデンダーラによって集められ、それは高貴なる鷹の中に生きる魂となりました。そして、イェルムの肉体は火の神によって火葬にふされました。

 かくして“黄金の時代”を築いた「調和の王国」は滅亡しました。イェルムの破砕とともに全世界は転がり落ちるように破滅へと向かい始めたのです。


混迷と大洪水

 中天に光り輝くイェルムの光が消え失せたことで、それまで目に見えなかった星々が天空に見えるようになりました。イェルムの側近であった十の星々は「災いの合」と呼ばれる配列になり、世界のたどる運命を暗示しました。砕け散ったイェルムの精髄であるアンティリウスは、信心深い者たちに礼拝されながら地上を照らし続けましたが、その光は地上に悪がはびこるにつれてどんどん弱まり、その高度も次第に下がっていったのです。

 「調和の王国」の崩壊は、神々の間に激しい争いを巻き起こしました。この「神々の戦い」にはそれまで不可侵であった天空界も無縁ではいられませんでした。水の神々は巨蛇となって天空へと攻め上り、その支配権を要求しました。純粋なる天空の主神ダーゼイターは、この危難を前にして神々と天使らを呼び集め、自分はさらなる天の高みへと「前駆星」を探すために旅立つことを告げました。驚きあわてる臣下を前に、ダーゼイターは二人の神を統治の代行者に指名しました。ひとりはポーラリス、「極星」とも呼ばれる天界の将軍でした。彼は天体の運行と天空の守護をつかさどる偉大な神であり、ダーゼイターから天空界の下部にあたる諸星座を任されました。もうひとりはウーレイニアという見知らぬ女神でした。彼女はダーゼイターが天空界を正しく統治するためにつくりだした「思」の化身でした。彼女は天空界の中核である天界を任されました。

 一方、イェルムの弟ロウドリルが治めていた地界でも異変が起きていました。ロウドリルの熱は大地を襲った寒気によってさまされ、彼は地下奥深くへと追いやられました。こうして冷えた大地の影で、暗黒がかたちをとりました。この暗黒の神々は獲物を求めて動き出し、力を失っていたロウドリルとその一族を幽閉し、女神たちを凌辱しました。かつてロウドリルがほどこした封印は彼らによって解かれ、地界の最深部に閉じこめられていた数多の魔物が飛び出しました。この忌まわしい行いは、新たな暗黒の種族ディジジェルム、すなわちトロウル族を生み出しました。トロウルらは地界にはびこり、やがて地上を脅かし始めたのです。

アナクシアルの箱船

 空位となったダラ・ハッパ皇帝の座は、ムルハルツァームの息子コルヴェントスが「十の試練」をくぐり抜けることで継承されました。しかしもはや往事のような平和な治世は望むべくもありませんでした。「反逆の神々」やその他の光の神々が宇宙の覇権をめぐって相争う中、神の正義の化身であるアンティリウス神の助言を受けながら、コルヴェントスは分裂の度合いを深めていく世界をまとめあげようと奮闘しました。それでも、大地の女神たちが死に絶え、人々が飢えていくのを皇帝はどうすることもできませんでした。苦闘と悲嘆のうちにコルヴェントスは死の床につくと、息子に帝位を継ぐよう言い残して死者の国へと旅だったのです。

 ところがコルヴェントスの遺言は果たされませんでした。ロウドリルを崇める欲深なオヴォストという君主が、策略によって「十の試練」の解答を盗みとり、ダラ・ハッパ皇帝の座についたのです。彼は庶民に門戸を開放し、帝国の古き秩序を無視しました。そのつけは臣下の反逆という形であらわれ、オヴォストは自分を誇示するために開いた宴の席で食事を詰まらせて死ぬという悲惨な最期を遂げました。そして、彼の跡を継いだ息子もまた愚かであったために臣下に殺されました。

 このように帝国が愚かな皇帝たちによって混乱して退廃と堕落が広まり、全世界が戦乱によって揺れ動いたために、天の堤防はとうとう決壊しました。そしてあふれ出した無尽蔵の水は、あらゆる悪を押し流す大洪水となって地上に襲いかかったのです。

 このころ、アナクシアルという賢い男がいました。彼はオスリラ女神の女祭であった母から大洪水によって破滅するダラ・ハッパの夢を告げられ、この災いを切り抜けるためのすべをアンティリウスにたずねました。神はアナクシアルに大きな箱船を作るように命じました。船の設計図はブゼリアン神の司祭によってもたらされました。アナクシアルは独力で箱船をつくりはじめました。人々は好奇心からその姿を見に来ましたが、その中にいたベセグスイェステンドスという不心得者は設計図を盗み出して自分で船をつくりました。しかしその設計図は完全なものではなかったため、その船は自彼ら以外を乗せることはできませんでした(註:二人の子孫は今も船をつくることで名高いペローリアの民です。イェステンドスの子孫は「月の船」をつくる者たちとなりました)。

 百日間かけて船を完成させると、アナクシアルは方々に行って迫り来る災厄を人々に告げてまわりました。しかしほとんどの人は彼の言うことを信じず、狂人の世迷い言として笑い飛ばしました。それぞれの都市に暮らすわずかな人々だけがアナクシアルの予言に耳を傾け、彼と行動を共にしました。彼らは世界各地から後の世に残すべき動植物を集めてアナクシアルの箱船に乗せていきました。

 そしてとうとう雨雲が集まり、大量の雨が降り始めました。アナクシアルと同志たちは動植物とともに箱船に乗り込み、扉をしっかり閉めると運命の時を待ちました。外では、この異変におそれおののいた人々が貴族も庶民も皆、アナクシアルの箱船のところにやってきて入れてくれと頼みました。しかしアナクシアルは許しませんでした。彼らは滅ぶべき悪であったからです。

 やがて水かさが増し、箱船はゆっくりと漂い始めました。船の行く先々では、ダラ・ハッパの数多の塔が住人たちとともに洪水の藻屑と消えていきました。アンティリウスはアナクシアルたちに豊かな果実を実らせるヤーン樹を授けていました。アナクシアルは暦をはかるためにヤーン樹を見守り続けました。そうして二十八年の歳月が過ぎていきました。

 そしてついに大洪水が終わるときがやってきました。最初に気づいたのはアナクシアルでした。彼は混乱を避けるためにそれをだまっていましたが、次に気づいた鳥たちは陸地を求めて次々と飛び去っていき、そのことから船の人々は降りるときが近づいたことを悟ったのです。彼らは口々に降船をアナクシアルに迫りましたが、彼はアンティリウスが定めた時が来るまでそれを許しませんでした。しかし、父祖の土地が近づくとどうしても降りると言って聞かない者たちも現れました。アナクシアルはやむなく彼らを降ろしていきました。

 最初に船を下りたのは、ウルドヴィハムと呼ばれる人々でした。彼らはほとんど準備が整わないのに船を離れたため、すぐにロウドリルを崇める野蛮な生活に堕してしまいました。

 次に降りる人々が出たのは、ダールセン丘陵と呼ばれる西の地でした。彼らはウルドヴィハムよりは準備をしていたので、比較的文化的な生活を送れるようになりましたが、それでもいくつかの異様な慣習にしたがうようになりました。

 東の地ザルコスではウリャルダと呼ばれる女性に率いられた人々が、山羊とともに船を離れました。彼女たちとそれ以降に降りた人々は準備がかなり整っていたので、清潔で信心深い暮らしを送り始めることができました。こうして、後にダラ・ハッパ周辺の文明国の基が築かれたのです。

 アナクシアルは正しい徴が示されるまで航海を続け、とうとう(後にユスッパ市となる)低い丘陵で船を止めました。そこで降船したアナクシアルは、往事のとおりにオスリラ女神にあいさつを捧げ、「ショベルとバケツ」による儀式を執り行いました。そしてアンティリウスに感謝すると、この叡智の神への大きな寺院を建立しました。ブゼリアンはムルハルツァームの時代の伝統をアナクシアルたちに伝え、新たな時代の幕開けを祝福しました。それから、アナクシアルはダラ・ハッパの各地を巡訪し始めました。それぞれの地で神々に供犠を捧げ、復興のための祝福を受けたのです。

 一方、アナクシアルに最後までつきしたがった七十の家族はそれぞれ故郷へと帰っていき、そこで奇跡的に自分たちの財産が無傷であることを見いだしました。滅ぼされた者たちの所有物はすべて破壊されていましたが、彼らのものだけは大洪水の始まる前そのままに残されていたのです。こうして、再び畑作や牧畜が始まり、都市が再興されていきました。加えて、人々はダラ・ハッパの栄光を再び取り戻すために、アナクシアルに皇帝即位を懇願しました。アナクシアルは固辞し続けましたが、数多くの偉大な神々が何度も何度も説得したために折れ、「十の試練」を受けてダラ・ハッパ皇帝となりました。七つのレガリア(帝位を示す聖宝)を使って彼が行った帝位継承の儀式は「アナクシアルの古き祭儀」と呼ばれ、以後、正当な継承儀式と見なされるようになりました。

 皇帝アナクシアルは、オスリラ川沿いに七つの都市を再興して新たなダラ・ハッパ帝国を築きました。聖なる七都市すなわちセプトポリスとは、北から順に、月の都メルニータ、鷹の都ヴェラプール、箱船の都ユスッパ、アンティリウスの都ライバンス、シャーガシュの都アルコス、南の都ニヴォラ、弓の都エレンプール、でした。そして、アナクシアルの三千年の治世は平和と繁栄に彩られ、アンティリウスは強く輝き燃えさかったのです。


アナクシアル朝の皇帝たち

 水夫帝アナクシアルの跡を継いだ六人の皇帝たちは、暗さを増す世界にあって正義の光をともし続けた偉大な指導者たちでした。その中の最初の二人は、今日のダラ・ハッパ文明の基盤を完成させた人物として特に尊敬され、半神として崇められています。

立法帝ルカリウス

 ルカリウスはまだ箱船が水の上を漂っていた頃に生まれたアナクシアルの息子です。彼が生まれたとき「スティクスの艦隊」と呼ばれる軍勢によって箱船は攻撃を受けていました。生まれたばかりのルカリウスですが、母と侍女たちを守るため、そばにあった弓と矢束をとり、自分のへその緒を弦として結びつけると、輝く炎の矢を放って雄々しく敵に立ち向かいました。その後、ルカリウスは箱船の中で育ち、洪水が引いてからは父親とともに諸国巡訪の旅に出ました。彼は人影の絶えた廃墟を次々と見つけ、本来の住人たちをそこへと導いて新たな暮らしをはじめさせたのです。

 父帝が没すると、ルカリウスは「古き祭儀」にしたがって「十の試練」を突破し、新たな皇帝として即位しました。しかしそのころ、復興成ったばかりのダラ・ハッパにはわずかな人々しか住んではいませんでした。ルカリウスはこれを憂えてアンティリウスに相談しましたが、神はもし都市が再び人で満ちれば、再び哀しみが世に満ちることになろう、と告げました。ルカリウスはこの神託の意味を瞑想のうちに熟慮し、ひとつの結論を出しました。彼は人々が正しい生き方を知れば、哀しみが再びやってくることはない、と考えたのです。ルカリウスはさっそく「善きやり方」を人々に教えはじめました。

 しかし皇帝の試みを快く思わない者も少なくありませんでした。特に、七都市のうち一番北にあるメルニータ市は、ルカリウスの最初の息子が生まれたときにも贈り物を贈らず、もはやアンティリウスの導きにはしたがわないと公言しました。彼らは新しい支配の神としてセデーニアという名前の女神を奉じ、ルカリウスに帝位を要求したのです。

 アンティリウスの神託によってメルニータの住人は誤った考えに毒されていることを確信したルカリウスは、彼らに対して軍勢を発しました。こうして「数多の太陽の戦争」が始まりました。その他の都市もこの戦乱に乗じて皇帝に対して牙をむきました。危機に陥ったルカリウスはアンティリウスから霊感を受けて最初の成文法である「アンティリウスの戒律」を布告しました。この法律を示された各都市の君主たちはひとりまたひとりとその正しさを認めて再び皇帝に恭順しました。

 が、月の女神セデーニアを崇めるメルニータの人々だけは抵抗を続けました。ルカリウスは評議会を開くと、メルニータ市を無法者と断じて呪いました。その結果、誤った太陽であるセデーニアは神々の正義の力によって天空から引きずり落とされ、その体はメルニータ市とともに粉々に砕け散りました。かくして、七都市は六都市となりました。この反逆によってアンティリウスの力は弱まり、その明度と高度は下がりました。

 2467年の治世を終えて皇帝ルカリウスは没しました。彼は悪くなっていく世界を支える重荷に苦悩し、七人目の子供が夭折したときについに自らこの世を去ることを決めたのです。彼は後継者として息子のウルヴァイリヌスを指名すると、静かに死出の旅に出ました。

征服帝ウルヴァイリヌス

 ウルヴァイリヌスは父の跡を継いでダラ・ハッパ皇帝となりましたが、メルニータ市は滅亡していたためにレガリアのひとつ「メルニータの聖帽」のかわりに父の使ったを新たなレガリアとしての即位でした。ウルヴァイリヌスの治世は、来襲する異邦の敵との戦いの連続でした。これらの敵は皆、野獣を神として崇めていました。彼はそれに対して四回の台遠征で迎え撃ち、これをことごとく屈服させたのです。このことからウルヴァイリヌスは“征服帝”と呼ばれ、今日のダラ・ハッパでも偉大な軍神として信仰されることになったのです。

 ウルヴァイリヌスの最初の戦いは、ダラ・ハッパの西にあったナヴェリアという国を治める「七の王」に対するものでした。この王は皇帝のレガリア「アナクシアルの王冠」を盗んだのです。ウルヴァイリヌスは黄金の武器をとって臣下とともに敵の都に潜入し、「七の王」の部屋で一騎打ちによってこれを殺しました。

 次にやってきたのは「鉄の羊」という神をあがめる「羊の民」でした。南方からエレンプール市に襲来したこの蛮族は街をめちゃめちゃに略奪し、あらゆるものを奪い去りました。ウルヴァイリヌスは猛然と北上を続ける敵に対して、世界ではじめて陣形というものをつくって軍隊を統率しました。ウルヴァイリヌスのつくった陣形とは、槍兵が円形に並び、その中央に指揮官を置くというものでした。皇帝は兵士たちが命令にしたがって一糸乱れぬ行動をとるまで訓練を重ね、その上で遠征軍を発したのです。

 そのころ、「羊の民」はニヴォラ市まで迫っていました。皇帝軍は市郊外のフルドゥルスの野でこれを迎え撃ち、やみくもに攻めてくる蛮族軍を完膚無きまで壊滅させました。彼らの神である「鉄の羊」は捕らえられて、他の蛮族とともにダラ・ハッパ人にとってはじめての奴隷となりました。ウルヴァイリヌスは滅亡したエレンプール市の神を呼び戻して聖なる弓を与え、「射手」という名を与えてライバンスに寺院を建立しました。以来この神は帝国の射手の守護神として今日に至っています。

 三度目の遠征は、東方へのものでした。そのあたりには数多くの小国が散らばっており、帝国に反抗していたのです。ウルヴァイリヌスは軍勢を発してその地に至ると、降伏して褒美にあずかるか、それとも戦って全滅するかを各国に問いました。東の国々は次々と皇帝に屈服し、逆らった者は徹底的に征服されました。

 ウルヴァイリヌス最後の遠征は北方にあったディスカルタという名前の国に対して行われました。そこの民は主神として人食いの神アルガヌムを崇めていました。皇帝は諸方から一万の軍勢を集めました。そこには翼持つ民も含まれていました。「羊の民」も加勢しました。この最大の遠征軍を前にして、ディスカルタの人々は籠城を決めました。城攻めは長く続き、その間に人食い神は市民をすべて喰らい尽くしてしまいました。最後に残った神の化身である狂戦士は、皇帝に一騎打ちを挑んできました。ウルヴァイリヌスはこれに応え、敵をばらばらに叩きつぶしました。

 皇帝に征服された人々は皆、帝国の裕福さにおどろいてすぐさまその一員となりました。彼らは米を栽培し、ダラ・ハッパ人と同じように暮らすようになったのです。しかし、それはよいことばかりではありませんでした。あるとき、異邦人たちが寺院での儀式に参列したいと申し出ました。彼らは参加を許されましたが、儀式の途中に裏切り、寺院を冒涜して汚したのです。このおそるべき背信によってアンティリウスは傷つき、その輝きと高さは再び衰えました。

 ウルヴァイリヌスは1910年間の武勲と偉業に彩られた治世を終えると、老齢で死去しました。彼の葬儀では奴隷たちが死ぬまで戦う競技会が開かれ、勇敢な皇帝をたたえたのです。

ルカリウス・ウルヴァイリヌスの時代のダラ・ハッパ

【ルカリウス・ウルヴァイリヌスの時代】


氷河、来たる

 ルカリウスとウルヴァイリヌスの時代が終わると、世界は急速に悪化の度合いを深めていきました。ダラ・ハッパではそれは北から迫る氷河というかたちで現れました。氷河の神ワリンドゥムの力によって最終的にダラ・ハッパ全土は氷に閉ざされ、暗黒に支配されることになってしまいました。この時期の皇帝たちはこの抗すべくもない災いに対して必死にあらがい続けました。彼らのはたらきがなければ、ダラ・ハッパの人々は誰ひとりとして生き残ることはできなかったでしょう。

愛鳥帝ケスティノロス

 災いのはじまりは皇帝ケスティノロスの即位式でした。儀式は北からやってきたこごえるような強風によって妨げられたのです。なんとか即位をすませたケスティノロスは、この災害を克服することを誓約しました。こうしてダラ・ハッパ帝国は一致団結して氷河への戦いを開始しました。アルコスの守護神にして破壊神シャーガシュは氷河を打ち砕こうと勇みました。ヴェラプール市の民も腕まくりをしました。しかしケスティノロスは正面対決ではなくもっと別の方法を考えようとしました。

 皇帝が出した結論は、ムルハルツァームの時代に世界を支配していた古き鳥の民を復活させるというものでした。人々はこの決定に賛同して、古き精霊たちを呼び戻す儀式の準備をはじめました。ところが、五都市の一番北にあり、氷河に一番近かったヴェラプール市の人々はこれに反対して、自分たちが崇める“高き熱”ジェスサールムと“低き火”アヴァルニアの二人の神々の力で氷河を溶かしてやると公言しました。その中でただひとり、ソールムという男だけが祖国に失望して皇帝の計画に協力しました。

 かくして鳥呼びの儀式がはじまりました。古の鳥の民は再びダラ・ハッパに現れて、貴族の一族に加えられました。こうして次世代の指導者となるべき「羽ある者」たちが生み出されたのです。彼らは普通の人々よりも寒さに強い耐性を持っており、ケスティノロスの側近になりました。

 やがて空は青く染まり、寒気は一段と厳しくなり、氷河がゆっくりとすべてを押しつぶしながらやってきました。どんな祈りや魔術もその侵攻を止めることはできませんでした。しかしヴェラプール市だけは戦いを挑みました。“低き火”アヴァルニアは槍を持って氷河に立ち向かいました。しかし彼女はあまりにも冷たい氷の前に内破して死んでしまいました。“高き熱”の神も氷河につかまれ、あらがいながら砕かれました。熱の神はヴェラプール市に落ち、街は灰燼に帰したのです。氷河は何事もなかったかのように南へと進んでいきました。

 ケスティノロスはヴェラプールの滅亡を悲しみ、唯一の生き残りであるソールムを皇帝の鷹匠として迎えました。そしてヴェラプールの反逆はアンティリウスをさらに傷つけました。神の輝きと熱は衰え、常人の目でも見つめることができるまでになってしまいました。その高度も下がり、今や低空にかかるだけとなったのです。

 ケスティノロスは1084年間の治世を終えて老齢で亡くなりました。彼の死後、急速に老衰死が弱者や貧者を中心に増えていき、やがて誰もが短命になってしまいました。

天蓋帝マナルラヴス

 次のマナルラヴス帝の時代には、寒さは一層厳しさを増しました。彼は「ヴェラプールの止まり木」のかわりに鷹匠ソールムが贈った止まり木をレガリアとして即位しました。マナルラヴスは残った四つの都市を率いて氷河期に立ち向かいました。そのころ、氷河はヴェラプールを越えてユスッパ市に迫ろうとしていたのです。マナルラヴスは氷河と真正面から戦うことはヴェラプールの二の舞を招くだけだと判断して、帝国全土を一つの大きな天蓋で覆ってしまうという途方もない計画を立案しました。

 しかしここでもまた一つの都市が離反しました。もっとも南にあったニヴォラ市は別の生き残り策を選びました。彼らは“馬”を見せると、この新しい同盟者とともに冬の時代を生き抜くと公言したのです。シャーガシュ神は怒って軍勢を送ろうとしましたが、皇帝はそのかわりにニヴォラの神を呪いました。この結果、今に至るまでこの神の名すら知られていません。いずれにせよ、ニヴォラの“馬の民”は都市を捨て、馬の父であるカルグザント神の指示にしたがって四方へと散らばっていきました。

 皇帝は帝国の全力を傾注して巨大な天蓋の建設に奔走しました。手本となったのはアナクシアルのつくった箱船の設計図でした。帝国じゅうの職人たちは寒空の下で煉瓦を積み上げ、着々とこの前代未聞の屋根をつくりあげていきました。

 天蓋建設の障害となったのは、西のダージーンからやってきた人々でした。彼らは自分たちの家を造るために天蓋の煉瓦を盗んで持ち去ったのです。職人たちは怒って皇帝に訴えました。マナルラヴスは不埒者を討伐するかわりに、ウルヴァイリヌス帝が捕らえていた「鉄の羊」を天蓋の北端において北の守りとしました。ダージーン人はさらに邪魔をしました。彼らはアオサギの女神を崇めていましたが、この壮大な天蓋建設の事業を狂人の所行とあざ笑い、帝位を要求してきたのです。マナルラヴスは評議会を集めると、シャーガシュに命じて敵の都市を襲わせました。ダージーンの都は破壊神の力によって滅ぼされ、盗まれた煉瓦は取り戻されました。

 天蓋がほぼ完成すると、マナルラヴスはユスッパの塔の上でアンティリウスを呼びました。アンティリウスは皇帝の呼びかけに応えてその塔の上に舞い降りました。そうしてから皇帝は職人たちに天蓋を完全に密閉するよう命じました。しかし職人たちは、アンティリウスの頭上にいつも浮かんでいた「目の宝玉」がまだ外にあると訴えました。マナルラヴスを宝玉の方角を遠視の魔力でもって見ました。するともうすぐそこまで怪物の軍勢が迫っていたのです。皇帝は帝国の民を守るため苦渋の決断を下しました。こうして神の宝玉は外に残されたまま、天蓋は閉じられました。天蓋の内側はかつての天空のようにまばゆい黄金で彩られ、巨大な「足載せ台」のジッグラトはその中に迎え入れられた神々を祀ってさまざまな色に塗られました。

 大河の女神オスリラは氷河がやってきたときに眠りにつき、天蓋に覆われたドームの中では、彼女の息子であるセラゲルン神が北の白湖から南の緑湖までを北から南に向かって循環する川として人々に恵みを与えるようになりました。こうしてダラ・ハッパの人々はドームの中で長い冬の時代を耐え忍ぶことになったのです。皇帝マナルラヴスは723年間の治世の後、やすらかに没しました。

氷河期のダラ・ハッパ

【氷河期の到来】

ヴァニョラメット帝の悲劇

 皇帝ヴァニョラメットの治世は苦難と悲劇に彩られた時代でした。天蓋に守られたダラ・ハッパ帝国の安寧は彼のときに破られたのです。そのてんまつはこうでした。

 ある日、天蓋を激しく外からたたく音が響き渡りました。巫女たちは口々にこれこそアンティリウスが警告したことであると皇帝に訴えました。帝国最強の十一人の戦士たちが現場に集まると、たたく音は耳を聾するほどになり、やがて屋根の一部が砕けて落ちました。そしてそこからすさまじい叫び声と血の雨が降り注いだのです。それは地界から解き放たれた魔物たちの群でした。ぽっかりとあいた裂け目の彼方には、黒々とした闇の空が広がっているばかりでした。なだれこんできた魔物たちに対して十一人は必死に戦い、皇帝も参戦してようやくそれらをしりぞけました。

 砕けた屋根の縁に立ち、ヴァニョラメットは外に広がる荒れ果てた世界を見やりました。そこにはわずかに生き残った人々を獲物にする怪物たちがひしめいていました。アルコスの司祭はシャーガシュを解き放って邪悪を滅ぼそうと進言しましたが、皇帝は力の無駄遣いを避けるためにそれを却下すると、アンティリウスの寺院で神託を願いました。すると、アンティリウスら大いなる神々は、これは人間と神とが共に戦わねばならない事態であると告げました。そして、神々は皇帝や民人たちとともにダラ・ハッパにたくわえられた富を求めて殺到する数々の化け物たちと勇敢に戦いを展開したのです。

 戦いが熾烈をきわめるなか、アンティリウスはかつて天蓋が閉じられたときに失われた「目の宝玉」を取り戻せば、戦いを有利に進める力が得られると皇帝に告げました。ヴァニョラメットは評議会と人々を呼び集めると、自分は神とともに宝玉を探す旅に出ることをしらせました。臣下たちは大いに驚いて止めましたが、皇帝の決意は変わりませんでした。かくして、皇帝とアンティリウスは、南方の地平線にある「黄金の丘」で弱々しく輝く宝玉を取り戻すために、天蓋にもうけられた秘密の出口を通って外界へと旅立ちました。

 旅は厳しく、敵が間断なく襲来しました。ヴァニョラメットもアンティリウスも少なからぬ傷を負い、尽きた食料のかわりにキノコや腐った食べ物を食べて命をつなぎました。このことは後に人々が流浪の身となったときに倣う先例となりました。彼らはこうしたものを食いつなぐことで恐怖の時代を生き抜くことができたのです。

 しかし、ヴァニョラメットの探索は成功しませんでした。傷ついた皇帝の前におそろしい邪神である「黒き影」が現れたのです。皇帝は致命傷を負い、アンティリウスは彼の体を持ってダラ・ハッパへと飛んで帰りました。赤と白の雄牛に載せられて無言の帰還を果たした皇帝を見て人々は嘆き悲しみ、貧しいにもかかわらず盛大な葬儀を営みました。

末帝マニマート

 マニマートはアナクシアル朝最後の皇帝となりました。彼は勇敢な戦士であり、ヴァニョラメット帝が旅立った後、神々によって次期ダラ・ハッパ皇帝に指名されました。しかしマニマートは摂政としての位にとどまり、「十の試練」のうち九つしか受けませんでした。

 すでにうがたれていた天蓋の裂け目は次から次へと怪物らを呼び込み、次第に戦いは劣勢になっていきました。もっとも甚大な被害は二つ首のウルグトグスという怪物によってもたらされました。それは北端の守りであった「鉄の羊」を殺害したのです。これによってユスッパ近くに至る北側の天蓋は崩落してしまいました。この機をついてトロウルの軍勢がダラ・ハッパ北部へと来襲しました。さいわいにも彼らは天蓋内に輝く星の光におそれをなして逃げ散りましたが、北部の崩落によってそれまでせき止められていた大河の流れが鉄砲水となって天蓋内になだれ込み、南端の湖に溜まって大氾濫を引き起こしてしまったのです。やがてこの水はヴァニョラメットが使った秘密の出口を通って南へと流出していきました。こうして大河オスリルは再び北から南へと流れるようになったのです。

 そしてヴァニョラメット帝が非業の死を遂げると、マニマートは最後の試練を受け、すみやかに皇帝に即位しました。しかしその儀式は暗いものでした。レガリアのほとんどは敵に奪われるか破壊されていたからです。代わりにレガリアとされたものもすでに「古き祭儀」にのっとったものではありませんでした。それでも正当な皇帝となったマニマートは、アンティリウスらの祝福を受けて最後の時代の指導者として立ちました。

 災いは続きました。マニマートの帝位をうらやんだヴェルグストゥスという名の英雄が、ヴァニョラメット帝の果たせなかった探索行を完遂しようと、アンティリウスに懇願して再び「黄金の丘」をめざす旅に出たのです。彼らの運命は悲惨なものでした。ヴェルグストゥスは先帝と同様に殺され、食らいつくされました。今度はアンティリウスまでもがひどい傷を負ってしまい、その傷はもはや癒されることがありませんでした。瀕死のアンティリウスはダラ・ハッパに戻ると、驚きあわてる人々に自分の持ち物を授けました。しかし神の正義の源たる「神権の衣」は渡しませんでした。人々がなぜかと問うと、マニマートは神ではなく人の王として率いる運命にあり、「衣」を渡すことは災厄を招くとアンティリウスは答えました。ヴェルグストゥス亡き今、もはや次期皇帝としてふさわしい者は誰もいなくなっていたからです。死の間際、アンティリウスは「運命の刃」を用いて「衣」を数多の切れ端に分けて、自分の一族に手渡すと、大切に保管するよう命じました。マニマートはこの切れ端を黄金のブローチに入れました。これは以後「マニマートのブローチ」と呼ばれるようになりました。

 すべてを終えた後、アンティリウスは静かにビジーフと一緒になる死出の旅に発ちました。彼の鳥は空高く飛び去り、その肉体は火をつけずとも自然に発火して消えました。こうしてアンティリウスの加護はダラ・ハッパから失われ、最終的な破滅が到来しました。

 マニマートはもはや守りきれなくなったダラ・ハッパの地を捨てて、人々と共に西へと大脱出の旅をはじめました。暗闇に覆い尽くされた世界の中、空の星々は食らいつくされ、地上のすべてはトロウルらによって草木一本も残ってはいませんでした。皇帝は民を二十の家族に分け、おのおの散らばって生き延び、いつの日か再び偉大な文明を再建するため集まることを約束させました。人々は西の方ダージーンで、丘の頂に数多くの街を立てて住みつきました。中には魔物たちの奴隷や獲物となってしまった者たちもいました。

 マニマートのブローチは、皇帝が生きている間、人々に光と加護を与え続けました。しかし人々は皇帝の命がもう長くなく、ブローチはマニマートによってしか使うことはできないことを知っていました。皇帝の死後を憂えた人々の声を聞き、マニマートはブローチに祈って、死後、自分の魂がブローチに宿るよう願いました。この願いは聞き届けられ、皇帝の魂は民人を永遠に守るため、ブローチと一体になりました。こうしてマニマートのブローチは後の皇帝たちのレガリアとなったのです。

帝国の崩壊

【帝国の崩壊】

その2につづく


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